ありがとうの詩

心の声を聞く

「心の声を聞く」

美咲は自分でも気づかないうちに、心の中に重いものを抱えていた。職場のストレスや家族の問題、日々の生活の中で感じる不安や孤独。誰にもその気持ちを話すことなく、ただ一人で抱え込んでいた。しかし、そんなある日、久しぶりに会った友人の涼介に、何気なく口を開いてしまった。

「最近、ちょっと眠れなくて…。」

涼介は、美咲の目を見つめながら、穏やかな表情で言った。「そうなんだ。眠れなかったんだね。」

その言葉に、美咲は驚いた。涼介は決してアドバイスをするわけでもなく、ただ自分の言葉に耳を傾けてくれた。ただそれだけで、美咲は心の中で少しだけ楽になった。誰かに理解してもらえたという感覚が、ほんの少しだけど確かにあった。

「うん、あの、隣の部屋の音がうるさくて…。でも、それだけじゃなくて…家族のことが心配で。最近、母が体調を崩して、電話をかけても元気がないって言ってたから…。」

涼介は静かに頷き、もう一度、美咲の言葉を反復した。「ご家族のことが心配なんだね。」

その瞬間、美咲の胸の中で何かが溶けるような感覚が広がった。「そうなんです。」美咲は小さな声で答えた。涼介の言葉が、自分の気持ちをそのまま受け止めてくれているように感じた。

涼介は黙って、美咲の隣に座り、ゆっくりとした呼吸を続けた。その沈黙は重くもなく、圧力を感じさせることもなかった。ただ、美咲の心の中にある不安や寂しさを、少しずつそのまま受け入れてくれるような、そんな時間が流れていった。

「やっぱり、母のことが気になって…。最近は仕事にも集中できなくて、イライラしてしまうことが多くて。自分でもどうしたらいいのか分からなくて…。」美咲の声は、少し震えていた。

涼介はただ優しく、美咲の言葉を繰り返した。「自分でもどうしたらいいのか分からないんだね。」

「そうなんです。」美咲は、まるで涼介の言葉が自分の心の中を探し当ててくれたように感じた。

それから、美咲は少しずつ、心の中に溜め込んでいたものを話し始めた。母親の体調が思わしくなく、家庭の問題に直面していること、仕事でのプレッシャーが日に日に増していくこと、そして、どこにも吐き出せない自分の感情が重くのしかかっていること。涼介はその一つ一つを、決して自分の意見を挟まず、ただ静かに聞いていた。

時折、涼介が優しくその言葉を繰り返すたびに、美咲は心の中のもやもやが少しずつ晴れていくような気がした。彼の言葉は、決して解決策を与えるものではなかった。けれど、それが何よりも心強かった。自分が感じていることを、まるで自分が言葉にできなかった気持ちを、理解してくれる人がいるということが、どれだけ安心できることか、改めて実感した。

「涼介、ありがとう。話せて少し楽になった。」美咲は、心の中に広がった静かな感謝の気持ちを言葉にした。

涼介は微笑みながら答えた。「何か助けになれたなら良かった。でも、無理に元気にならなくてもいいんだよ。」

その言葉に、美咲はただ黙って頷いた。自分が一人で抱えていると思っていた重荷が、少し軽くなったように感じた。そして、それが涼介の言葉の力だということを、改めて思い知った。

その後、美咲は数日間、涼介との会話を思い返していた。涼介が自分の気持ちを理解してくれたと感じた瞬間、自分の中にある苦しみが少し和らいだこと。それは、解決策を与えられることではなく、ただ相手が自分の心に寄り添ってくれることで、心が少しでも軽くなることを意味していた。

彼女は、その後も自分の気持ちを言葉にすることが少しずつできるようになった。話すことで、少しずつ心が整っていくことを実感しながら、涼介との会話の中で学んだことを大切にしていこうと思った。それは、他人に対しても、自分自身に対しても、大切なことだった。

美咲は、この経験を通じて気づいた。人は、ただアドバイスや助けを求めているのではなく、「自分の気持ちを分かってくれる人」を求めているのだと。そして、その気持ちを受け入れ、言葉にしてくれる人こそが、本当の理解者なのだと。

「そうなんです」と言ってくれたその瞬間、私は確かに、心の中で少し楽になった。