ありがとうの詩

春秋花壇

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理解者の証

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「理解者の証」

春の夕暮れ、若菜は久しぶりに大学時代の友人である杏子と再会した。杏子は少し前から仕事に悩み、家族との関係もぎくしゃくしていた。久しぶりの会話の中で、若菜は杏子の表情から何かを感じ取った。言葉にしなくても、その顔に浮かぶ陰りが、彼女の心の中に何か深い苦しみがあることを示していた。

「杏子、最近どう?」と若菜が尋ねた。

杏子は少し沈黙した後、顔を上げて言った。「仕事がうまくいかなくて、何をしても疲れちゃって。家に帰ると、親とのこともあってさらに気が重くなる。最近、何をしても心が晴れないんだ。」

その言葉に、若菜はどう返すべきか一瞬悩んだ。いつものように励ましの言葉をかけるのが良いのだろうか。それとも、ただ黙って話を聞くべきなのか。彼女は杏子の目を見つめ、その瞳の中にある無言の問いかけに気づいた。それは、何かを求めているような視線だったが、同時に、言葉をかけられることを恐れているようにも感じた。

若菜は自分の中で、何度も考えた。アドバイスを与えることが必ずしも相手の助けになるわけではない。小沢竹俊医師の言葉が浮かんだ。『現実には、相手を100%理解することは不可能です。しょせんは他人であり、まったく同じ気持ちを共有することはできません。しかし、相手が私のことを理解者だと思うことは可能だ』という考えが、今、心の中で鳴り響いた。

若菜はふと気づいた。杏子が求めているのは、解決策やアドバイスではないのかもしれない。おそらく彼女が本当に求めているのは、理解してくれる存在なのだ。

「私、あなたがどんなに辛いかは完全にはわからないけれど、今、話してくれてありがとう。何か力になれることがあれば言ってね。でも、無理に何かを言う必要はないと思うよ。」と、若菜は静かに言った。

杏子は一瞬驚いたように若菜を見つめ、その後、小さくうなずいた。「ありがとう、若菜。私、ちょっとだけ楽になった。」

その言葉に、若菜は安堵の気持ちを覚えた。何も無理に解決しようとしなかったからこそ、杏子が自分の気持ちを少しだけでも楽にできたのだろう。

その後、若菜はふと、杏子の表情を観察してみた。彼女は何かを語りたそうにしていたが、それでも言葉にしなかった。その時、若菜は気づいた。「私はこの人を完全に理解することはできない」と。だが、相手が「この人は理解者だ」と思ってもらえるような接し方をすることはできる。そのために、若菜は何も無理に言おうとせず、ただ杏子の話を聞くことに徹していた。

小沢さんの言葉が、若菜の心に深く響いた。『相手が自分のことを理解者だと思うことが、どれだけ大切なことか』と。相手が求めているのは、必ずしもアドバイスや助けの手を差し伸べることではなく、自分の心の中に寄り添ってくれる存在だった。

その時、若菜は自分が本当に理解者として杏子に接しているのかもしれない、という確信を持った。理解とは、相手の気持ちをそのまま自分のものとして理解することではなく、相手が感じていることをしっかりと受け入れ、その上で寄り添い続けることなのだ。

数日後、杏子から連絡があった。「若菜、ありがとう。あの時、あなたが言ってくれた言葉で、少し楽になった。本当に、ありがとう。」

その言葉が、若菜にとっては何よりの報酬だった。そして、これからも誰かが苦しんでいる時には、自分が相手を理解したいと思うのではなく、相手が「私を理解してくれた」と感じるような接し方をしていこうと心に決めた。

若菜はその後も、杏子との関係を大切にし、また他の友人や家族との関係にも、この新たな理解の方法を取り入れるようにした。何も言わなくても、相手が抱える苦しみを受け入れ、寄り添うこと。それこそが、相手にとって最も価値のある支えになると確信したからだ。

苦しんでいる人との接し方は、決して「自分が理解したい」という一方的な気持ちからではなく、「相手のことを分かってくれる人だと思ってもらえるように」という謙虚な態度から始まることを、若菜はこの経験を通して学んだ。そして、これからもその姿勢を大切にしていくことを、心に誓った。







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