干物女を圧縮してみた

オリーブベージュの秘密

「オリーブベージュの秘密」

「えへへ、入れちゃった」

日和は鏡の前で、くるりと髪を指に絡めながら、小さくつぶやいた。いつもならそのまま一つ結びにして外に出るところだったが、今日は違う。数日前、美容院で思い切ってインナーカラーを入れたのだ。オリーブベージュ――派手すぎず、でも確かにそこにある。さりげなく自分の変化を楽しむのには、ぴったりの色だった。

「まあ、目立たないし、誰も気づかないかもしれないけど」

そう思いながらも、日和は鏡の中の自分に少し微笑んだ。インナーカラーにする前の自分だったら、こんなことをするなんて考えもしなかった。会社と家を往復するだけの毎日。平日はいつも同じような服を着て、休みの日は外に出ることも少なく、だらだらと過ごしてしまう。そんな「干物女」な自分に、ほんの少しだけ変化が訪れた。

美容院でカラーリングをしてもらった日、日和は緊張とワクワクが入り混じった気持ちで椅子に座っていた。美容師に「インナーカラーを入れたいんです」と言った瞬間、少し驚かれた。だが、すぐに笑顔で「いいですね！オリーブベージュなんて、さりげなくて素敵ですよ」と言ってもらえた。その言葉が、日和に少しだけ自信を持たせてくれたのだ。

とはいえ、仕事場で誰かに気づかれたらどうしようという不安もあった。自分らしくないことをしているような気がして、なんだか恥ずかしかった。でも、それでもいいのだ。何かを変えるきっかけが欲しかった。ずっと同じ生活を続けることが、どこか息苦しく感じていたから。

会社に行くと、やはり誰も気づかない。髪を結んでしまえば、インナーカラーなんてほとんど見えないからだ。少しだけ肩透かしを食らったような気分だったが、それでも構わない。自分の中での小さな革命なのだから、他の人に気づかれる必要はないのだ。日和はそう自分に言い聞かせ、日常を再開した。

しかし、日和の変化は、髪色だけではなかった。

次の日、いつもの昼休み。日和はひとりでデスクに向かい、スマホで何気なく新しいカフェの情報を調べていた。もともと外出を好まない日和だったが、最近、無性に新しい場所に行ってみたいという気持ちが湧いてきていた。

「この近くに、こんなおしゃれなカフェがあるんだ……」

日和は小さなカフェの写真を見ながら、心の中でつぶやいた。カフェは落ち着いた雰囲気で、緑がたくさん飾られている。外出にはあまり積極的ではない自分だったが、このカフェにはなぜか足を運びたくなった。

週末、思い切ってそのカフェに行くことにした。初めての場所に向かうときの緊張感があったが、髪のインナーカラーを思い出し、自分を少しだけ鼓舞した。いつもとは違う、ちょっとだけ冒険している自分がいる――そのことが、日和に小さな勇気を与えた。

カフェに到着すると、思った通りの素敵な場所だった。木の温もりを感じさせるインテリアに、静かに流れるジャズの音楽。日和は一息つき、メニューを眺めながら心地よさを味わっていた。

「これも、あのインナーカラーが私を変えてくれたのかな……」

そんなことを思いながら、日和はカフェラテを注文し、席に座った。飲み物が運ばれてきて、一口飲むと、ほっとした気持ちが広がった。この瞬間を大切にしたい――そう思った。

ふと、隣のテーブルに座っていた女性が話しかけてきた。

「すごく素敵な髪色ですね。オリーブベージュなんて、珍しいですね。」

突然の声に驚きながらも、日和は笑顔で答えた。

「あ、ありがとうございます。実は最近入れたばかりなんですけど、あまり目立たないようにしたくて……。」

「でも、それがまたいいですね。さりげなくおしゃれで。自分を変えたいって気持ちが伝わってきます。」

その言葉に、日和は胸が温かくなった。誰にも気づかれないと思っていたインナーカラーが、こんなふうに誰かに届くことがあるんだ。自分の変化を少しだけ認めてもらえた気がして、嬉しかった。

カフェでのひとときが過ぎ、日和はゆっくりと帰り道を歩いた。今までなら、こんな外出すら面倒に感じていただろう。けれど、今日の自分は少し違う。オリーブベージュのインナーカラーに象徴される、さりげないけれど確かな変化が、日和の心を軽くしていた。

「これから、少しずつでもいいから、もっと自分を変えていけたらいいな」

そう思いながら、日和は家路を急いだ。干物女だった自分に、少しずつおしゃれ心が芽生え始めた。それは小さな一歩かもしれないけれど、確実に前に進んでいる。

インナーカラーに込めた小さな冒険は、日和に新しい自分を見せてくれた。そしてこれからも、少しずつ自分を変えていく――そんな未来を思い描きながら、日和はそっと自分の髪を触った。

完