干物女を圧縮してみた

春秋花壇

文字の大きさ
上 下
26 / 59

干物女はだし巻き卵に挑戦する

しおりを挟む
干物女はだし巻き卵に挑戦する

吉田里美は、32歳。小さなアパートで一人暮らしをしている。彼女の生活は至ってシンプルで、仕事から帰るとすぐにパジャマに着替え、ソファに沈み込んでテレビを観るか、スマホをいじる。料理はほとんどしない。冷凍食品やコンビニ弁当が彼女の主な食事だ。

そんな里美だが、最近少し変わり始めていた。それは、会社の後輩である佐藤美奈子が、里美に話しかけてきたことがきっかけだった。

「先輩、最近自炊してるんですか?」美奈子は目を輝かせて言った。「なんだか、いつもより元気そうに見えるんです!」

その一言で、里美はハッとした。確かに、ここ数ヶ月、健康や美容に気を遣っていなかった自分に気づかされたのだ。冷凍食品やコンビニ弁当に頼りきりの生活が、体にも心にも悪影響を与えていたのかもしれない。そこで、彼女は久しぶりに自炊に挑戦してみようと決意した。

しかし、何を作ればいいのかわからない。料理の経験が乏しい里美にとって、ハードルが高すぎるように思えた。それでも、簡単でかつ美味しい料理を探し続けた結果、彼女の目に留まったのが「だし巻き卵」だった。

「だし巻き卵か…見た目はシンプルだけど、作るのは意外と難しそうだな…」と里美はつぶやいた。

彼女は早速スーパーに足を運び、材料を買い揃えた。卵、だし汁、砂糖、塩、そして少しの油。帰宅後、里美はキッチンで戦闘態勢に入った。

「まずは卵を溶いて…だしを加えて…」レシピをスマホで確認しながら、里美は慎重に作業を進めた。

フライパンに油を引き、卵液を流し込む。しかし、卵が固まる速度が思ったよりも速く、里美は慌てて箸を動かした。だが、うまく巻けない。卵がフライパンにくっついて、形が崩れてしまった。

「うわっ、難しい!」里美は半ば諦めかけたが、すぐに気を取り直した。「でも、もう一回やってみよう。」

再び卵を流し込む。今度は少し火を弱め、ゆっくりと巻き始めた。心の中で「焦らない、焦らない…」と自分に言い聞かせながら。

数回目の挑戦で、ようやく形の整っただし巻き卵が完成した。完璧とは言えないが、初めてにしては上出来だ。里美はほっと胸を撫で下ろした。

「できた…!」彼女は小さな声で喜びを噛み締めた。

里美は早速、自作のだし巻き卵をお皿に盛り付けた。見た目は不格好だが、黄金色に輝くその姿は、美味しそうに見えた。

一口、口に運んでみる。ふわふわの食感と、だしの風味が口いっぱいに広がる。里美は思わず「うん、美味しい!」と声を上げた。

その夜、彼女は久しぶりに料理をする楽しさを感じていた。毎日のルーティンに変化が生まれ、自分自身の生活が少しだけ豊かになったような気がした。

翌日、里美は会社で美奈子にそのことを話した。「昨日、だし巻き卵を作ってみたんだ。自分でも驚くくらい美味しくできてね。少しずつだけど、自炊に挑戦していこうかなって思ってる。」

美奈子は目を輝かせて答えた。「それはすごいです!先輩の料理、今度ぜひ食べてみたいです!」

その言葉に、里美は少し照れながらも笑った。「まだまだ初心者だから、もっと練習しないとね。でも、ありがとう。美奈子ちゃんのおかげで、やる気が出たよ。」

それからというもの、里美は少しずつではあるが、自炊を続けていくことにした。毎回うまくいくわけではなかったが、失敗も含めて楽しむことができた。そして、だし巻き卵を作るたびに、あの初めて成功した日の喜びを思い出していた。

干物女だった里美は、自分自身の手で作り上げる喜びを知り、少しずつ変わり始めていた。料理だけでなく、自分の生活にも新たな彩りを加えていこうと心に決めたのだった。









しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

注意欠陥多動性障害(ADHD)の日常

春秋花壇
現代文学
注意欠陥多動性障害(ADHD)の日常

かあさんのつぶやき

春秋花壇
現代文学
あんなに美しかった母さんが年を取っていく。要介護一歩手前。そんなかあさんを息子は時にお世話し、時に距離を取る。ヤマアラシのジレンマを意識しながら。

僕はもふもふのジュリアーノ

春秋花壇
現代文学
アルコール依存症

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

好青年で社内1のイケメン夫と子供を作って幸せな私だったが・・・浮気をしていると電話がかかってきて

白崎アイド
大衆娯楽
社内で1番のイケメン夫の心をつかみ、晴れて結婚した私。 そんな夫が浮気しているとの電話がかかってきた。 浮気相手の女性の名前を聞いた私は、失意のどん底に落とされる。

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

友人の結婚式で友人兄嫁がスピーチしてくれたのだけど修羅場だった

海林檎
恋愛
え·····こんな時代錯誤の家まだあったんだ····? 友人の家はまさに嫁は義実家の家政婦と言った風潮の生きた化石でガチで引いた上での修羅場展開になった話を書きます·····(((((´°ω°`*))))))

処理中です...