注意欠陥多動性障害(ADHD)の日常

春秋花壇

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無限のゲーム

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「無限のゲーム」

田村美月(たむら みつき)は、夜遅くまでゲームをしていた。部屋の隅で光るモニターの前、指先がキーボードに滑るたび、画面の中でキャラクターが動き出す。最初はただの暇つぶしだった。友達とのつながりもなかった彼女にとって、ゲームの世界は唯一の安らぎの場所だった。しかし、その安らぎが次第に違う意味を持ち始めた。

最初は楽しく遊んでいた。オンラインで他のプレイヤーと競い合い、協力し合いながら進めるゲームに心を奪われた。それでも、いつしか彼女は気づく。ゲーム内で得られる勝利やアイテム、称号が、現実世界での自分を満たす手段だと感じるようになっていた。そしてその先にある「他の人とのつながり」が、どんどん重要になっていった。

「誰かと繋がっている感覚が欲しい」—それが美月の心の中で最も強くなった気持ちだった。

それまでは学校でも職場でも、どこにいても孤独を感じていた。誰かと心から話すことができず、友達も少なかった。家に帰ると、パソコンの前に座り込んでゲームを起動する。そこでは、他のプレイヤーたちがリアルタイムで自分と同じようにゲームを楽しんでいて、チャットを通して話すこともできた。まるで、彼女の存在が誰かに認められているかのように感じた。

しかし、次第にその感覚が足りなくなり、物足りなさが募っていった。美月は次第に「課金」を始めた。最初はちょっとした額だった。それでも、プレイヤー間で差がつくゲーム内で、「強くなるためには何かを買わないと」と思い始める。アイテムを手に入れ、キャラクターを育て、少しずつ上位に進んでいく。それが、彼女の孤独を埋める一つの手段だと信じていた。

「もう少し強くなったら、もっと上手くいくんじゃないか」

そしてその「少し」が、いつの間にか大きな額になっていた。最初は月に数千円だった課金が、気づけば毎月数万円。クレジットカードの明細書を見て、胸が苦しくなったこともある。しかし、その瞬間、美月の心の中でふと湧き上がる不安をかき消す言葉があった。

「誰かと繋がっていられるなら、仕方ない」

ゲーム内でのレベルアップ、アイテムの強化、ランキング上昇。それらは美月にとって、現実世界では得られなかった「居場所」を感じさせるものだった。仲間と共に進んでいく感覚、メッセージやリアクションに答えられること。それは、孤独を感じる時間を埋めるために必要なものだった。

けれど、次第に美月はゲームそのものに縛られるようになった。ゲーム内での人間関係が彼女の支えとなり、現実世界の人間関係がどんどん希薄になっていった。友達からの連絡も減り、家族との会話もほとんどなくなった。それでも、美月はそのことに気づかなかった。彼女にとって、ゲームの中での「居場所」のほうが、はるかに居心地が良かった。

だが、その「居場所」を得るためには、どんどんお金がかかるようになった。リアルマネーで強化することが当たり前になり、支払う額が膨れ上がっていった。しかし、その度に、ゲーム内での仲間たちとの繋がりが、彼女を引き止めた。

ある日、美月はまた一つの決断をした。今までずっと避けていたこと—「親に借金を申し込む」こと。クレジットカードの支払いが追いつかず、カードローンに手を出してしまった。ゲームのアイテムを手に入れるために、次々とお金をつぎ込んでいた結果、とうとう自分が取り返しのつかない状況に陥っていることを自覚した。

「誰かと繋がりたい。居場所が欲しい。」その思いが、美月の心の中で一番強かった。しかし、そのために犠牲にしたものがあまりにも多かったことに、ようやく気づいた。

ゲームの中で得られた居場所は、結局、本当の居場所ではなかった。
美月はその事実に直面した。彼女が必要としていたのは、物理的な物やアイテムではなく、本当の意味での「つながり」だったのだと、ようやく理解した。

その後、美月はゲームを少しずつ減らしていくことを決めた。現実世界に目を向けることを始め、友人と再び会う機会を作り、家族とも会話をするようになった。そして、自分の心を支えるためには、実際に心を通わせる人々との繋がりが一番大切だと気づいたのだった。

「ゲームが悪いわけじゃない。でも、過剰になると危険なんだ。」

美月は、また少しずつ自分の居場所を見つけ始めた。それは、ゲーム内のキャラクターたちとではなく、リアルな世界で築くべきものだった。






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