注意欠陥多動性障害(ADHD)の日常

春秋花壇

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37年目の名刺

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「37年目の名刺」

高橋純(たかはしじゅん)は37歳になった。誕生日の朝、彼は小さな部屋の机に座り、ノートを開いていた。新しい歳を迎えるにあたり、過去を振り返りながら自分の「名刺」を書いてみようと思ったのだ。

「父が連帯保証人になって実家が売られた。」
最初に書いたのは、どうしても避けられない家族の記憶だった。まだ中学生だった純にとって、家を失うという現実は世界がひっくり返るような衝撃だった。

「友だちをうまく作れなかった学生時代。」
クラスの輪に入れず、一人で弁当を食べた昼休みの光景が頭をよぎる。それでも教室の片隅で読む本が、自分を支えてくれた。

「ブラックな働き方、怒られすぎて適応障害。」
大学を出た純が最初に就いた仕事は、休む間もなく働くことが美徳とされる職場だった。失敗するたびに上司から怒鳴られ、自分の存在価値すら疑った日々。しかし、それがきっかけでADHDの診断を受け、ようやく自分を理解できたのだった。

「裁判所で奨学金の延滞に頭を下げたこと。」
20代半ば、金銭的に追い詰められた純は、奨学金の返済が滞り、裁判所に呼び出された。スーツを着て出向いた法廷で、他人の視線が痛かったが、それでも生き抜くための決断だった。

「カードローンとリボ払いでどん底。」
給料日を待ちわびながら、ATMで残高を確認する生活。ガソリンを入れるお金すらなく、車をニュートラルにして坂道を下った夜のことを今でも鮮明に覚えている。

「昨年の離婚。」
結婚生活は彼にとって幸せでもあり、苦しみでもあった。子どものように無邪気な部分と、大人として責任を果たせない部分。そのバランスが取れず、最終的には妻を手放すしかなかった。

「過去が武器になる」

書き出した経験を見返しながら、純は思った。これらのマイナスだらけの人生が、なぜか今の仕事に役立っていると。彼は現在、カウンセラーとして働いている。失意の中で悩む人々と向き合うたび、自分の過去が彼らに寄り添える材料になることを感じていた。

「そんなことまで経験してたんですね。」
相談者から驚かれることも多い。それは彼の肩書きや資格ではなく、彼が語る「自分の失敗談」が信頼の根拠になっているからだ。

「この経験を活かして誰かを救おう!」
そんな気負った気持ちはない。ただ、過去を惜しみなく差し出すことで、誰かの心が少しでも軽くなるならそれでいいと思っている。それは「救い」ではなく、あくまで隣に座るだけのスタンスだ。

37年目の名刺

夜、ノートを書き終えた純はふと微笑んだ。彼の名刺にはこう書かれている。

「連帯保証人で家を失い、友だちを作れず、ブラック企業で燃え尽き、奨学金で裁判所に行き、ローンで破産しかけ、離婚した男。」

そしてその下に、もう一行。

「それでも笑っている37歳のカウンセラー。」

過去を笑い飛ばせるようになった自分を、少しだけ誇りに思えた夜だった。







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