注意欠陥多動性障害(ADHD)の日常

春秋花壇

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小説

彩香17歳の物語

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彩香17歳の物語

彩香は17歳で、発達障害、特に注意欠陥多動性障害(ADHD)の診断を受けている。高校に通いながらも、彼女は毎日、自分の特性とどう向き合っていくかに悩んでいた。周囲の目を気にしすぎることもあれば、ふとしたことで物事に集中できなくなり、心の中で自分を責めることもしばしばだった。

「それは色々大変だったね」「困ってることあれば言ってね」――最初にカミングアウトをした時、母の優しい言葉が、彩香にとってどれほど大きな意味を持ったか、今でも鮮明に覚えている。

家では母が、学校では親しい友人たちが、彩香に対して理解を示してくれた。その中でも特に支えてくれる存在が、同じクラスの友達、莉子だった。莉子は明るくて、少しドジなところがあったが、それがまた彩香には心地よかった。莉子は決して彩香の障害を軽視せず、むしろ彼女が苦しんでいる時にどうすれば良いかを一緒に考えてくれた。

ある日の昼休み、彩香と莉子は校庭のベンチに座りながらお弁当を食べていた。周囲はにぎやかで、同じクラスの他の生徒たちが楽しそうに笑っている中で、彩香はまた一つ問題に直面していた。

「莉子、今日はまた忘れ物してしまった…課題のプリント、家に忘れてきちゃった。」彩香は少し肩を落としながら言った。

「それは大変だね。でも、最近は少しずつだけど、彩香がどうすれば忘れ物を減らせるか、考えてきたじゃん。」莉子はにっこりと笑った。

「うん、でもいつも途中で忘れちゃうんだよね。」彩香は自分の不甲斐なさにちょっと落ち込んだ。

「それでも、昨日やったように、スマホにリマインダーを設定しておくとか、何か方法を工夫してるじゃん。完璧じゃなくても大丈夫だよ。」莉子はそう言って、彩香の肩を軽く叩いた。

「うん…でも、どうしても周りの人たちが、私のことを『注意が足りない』って思ってるんじゃないかって心配になる。」彩香は思わず自分の気持ちを吐き出してしまった。

「でも、それはきっと気のせいだよ。だって彩香がちゃんと頑張ってるのはみんな知ってるし、だからこそ応援してるんだよ。」莉子は真剣な顔で言った。

その言葉に、彩香は少しホッとした。彼女の不安や心配を理解し、共感してくれる友人がいることが、こんなにも心強いとは思わなかった。莉子の優しさと、母の言葉が彼女を支えてくれていた。

だが、そんな日々の中でも彩香は時々、周囲からの無理解に直面することがあった。ある日、彼女がクラスメートにADHDについて話したとき、返ってきた反応は、想像していたものとは違った。

「最近は何にでも診断がつくね。別にそんなことで大騒ぎしなくてもいいんじゃない?」クラスの男子が言った。

その言葉に、彩香は一瞬固まった。彼女が必死で抱えている問題を軽く扱われたように感じ、胸が痛んだ。どうして、こんなにも自分のことを理解してもらえないのだろうか。そう思うと、言葉をうまく返せず、ただ黙ってその場を離れてしまった。

その日の帰り道、彩香は無意識に歩幅が大きくなっていた。心の中で渦巻く思いを整理しようとしても、うまく言葉にできない自分に苛立ちが募る。

「でも、莉子は私のことを理解してくれてる…母も、私がどんなに辛い時も支えてくれる…」そのことを思い返すと、少しだけ心が落ち着いてきた。

帰宅後、母が夕食を用意している台所に入ると、母がふと彩香に目を向けて言った。

「どうしたの?今日は元気なさそうだけど。」

「うん、ちょっとね。」彩香は答えながらも、何となく気まずい気持ちを抱えたままだった。「学校でね、ちょっと言われたことがあって。」

「何かあったの?」母は心配そうに尋ねた。

彩香は母に、クラスメートとのやり取りを話した。そして、最後にこう言った。「なんで、私はこうして理解されないんだろうって思っちゃって。」

母はしばらく黙っていたが、やがて静かな声で言った。

「でも、あなたがどう感じているか、どう思っているかは大切なことよ。理解されなくても、あなたの気持ちをしっかりと伝えていけば、きっと分かってくれる人がいる。無理に周りの人を変えようとする必要はないけど、自分を大切にして、あなたのペースで歩いていけばいい。」

その言葉に彩香は、ふっと肩の力が抜けるような感覚を覚えた。母の温かさに、心が少し軽くなった。

「ありがとう、お母さん。」

母の微笑みに、彩香も自然に笑顔を返すことができた。時に傷つき、迷いながらも、彼女は少しずつ自分の道を歩んでいくことを決意した。ADHDという特性を持ちながらも、彼女はその中で出来ることを見つけ、力強く前進していくのだ。

そして、次の日、彩香はまた少しだけ勇気を持って、クラスで自分の気持ちを語ることができるようになった。どんな反応が返ってきても、もう怖くはない。






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