注意欠陥多動性障害(ADHD)の日常

春秋花壇

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小説

やかん人間

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やかん人間

怒りの6秒ルールを学んでから、私は少しずつ冷静さを取り戻せるようになっていると思っていた。深呼吸をして、どうしても気持ちが落ち着かないときは水を飲む。それでも、努力は空回りしている気がしてならなかった。

そう、私は「努力しているつもり」だったのだ。

しかし、昨夜の出来事は、私の心の奥に潜む感情を再び掘り起こした。オンラインゲームの課金について兄から注意を受けた瞬間、私の中で何かが切れた。怒りが噴き出し、制御が効かない状態になった。頭の中は熱くなり、まるでやかんから湯気が立ち上っているようだった。

「もういい!」と叫んだ。言葉は感情を乗せて勢いよく飛び出し、兄の耳を突いた。「お金がないってわかってるのに!」

いつもは温厚な兄も、珍しく声を荒げた。「うるさいよー、もう!」私の叫びには耳を貸さず、彼の反応も私の怒りに火をつけた。何もかもが無駄に思えた。兄は私の心の葛藤を理解してくれない。私はただ、自分の弱さに対して怒り狂っていた。

「またやっちゃった…」と心の中で繰り返す。どうして私はこんなにもお金に困るのか。食材の衝動買いを避けるため、必要なものをメモに書き出し、買い物リストを作っているのに、いつもいつもお金が足りない。そんな自分が本当にうんざりだった。

もしもここに確実に死ねる何かがあったなら、楽に死ねるのであったなら、私は躊躇わずに手を出していたかもしれない。それほどまでに、自分自身が嫌だった。綾香という名前が、私の心の中で重くのしかかる。彼女は自分を責め続けている。自分の存在を無意味に感じてしまう瞬間がある。

「RSDだかなんだか知らないけれど、こんな風に自分を責め続けるのは本当に嫌だ。」言葉が自分の口から溢れ出る。学ぶほどに増えていく病気や障害の数々。それらを抱え込んでいる自分が、どこかいやだ。私は何をしているのだろうか。怒りとともに湧き上がる自己嫌悪に、涙がにじむ。

その夜、私はゲームをしばらく忘れようとした。しかし、兄との口論が頭の中を巡って離れない。心の奥底では、私が望んでいるのは、ただ理解してもらうことなのかもしれない。周りの人たちに自分を理解してほしい、助けてほしいと願っている。でも、その気持ちを上手く言葉にできないのだ。

結局、夜が明けるまで考え続けた。怒りや悲しみ、自己嫌悪が渦巻く中で、少しでも心が軽くなる方法を探し続けた。そして、ふと気づいた。「やかん人間」である自分を受け入れなければ、前に進むことはできないのではないかと。

私は自分の感情を認めることに決めた。怒りを感じることも、自己嫌悪に陥ることも、すべて私の一部なのだ。これからは、少しずつ自分を受け入れ、理解していく努力をしていこう。綾香という名前を、嫌悪するのではなく、愛していくことが大切なのだ。

そう思った瞬間、心の中に小さな光が差し込んだ。新しい自分を見つけるための一歩を踏み出せたような気がした。私は、やかん人間であることを少しずつ乗り越えていく。まだ道のりは長いが、少しずつ前に進んでいける。怒りを感じるのは人間として当然のことなのだと、心の奥で再確認した。

翌日、私は心を整えて、兄に謝ることにした。私の感情を理解してもらうために、一歩踏み出す勇気を持つことが大切だ。これからは、自分を責めるのではなく、自分を愛して、周囲との関係を築いていこうと思った。

「お兄ちゃん、ごめんなさい」

兄は兄でアスペルガーを抱えている。

人に完璧を求めちゃだめだよね。

人も自分も責めちゃダメ。
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