注意欠陥多動性障害(ADHD)の日常

春秋花壇

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小説

卵に始まり卵に終わる

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卵に始まり卵に終わる

17歳の彩香は、注意欠陥多動性障害(ADHD)を抱えながらも、毎日を懸命に過ごしていた。学校の勉強は苦手で、特に集中力が求められる数学の授業は頭が痛くなるほど嫌いだった。それでも、彼女には一つだけ得意なことがあった。それは料理だ。

彩香は、台所に立つと、自然と心が落ち着くことに気づいていた。手を動かしていると、頭の中でバラバラになりがちな思考が不思議とまとまるのだ。特に好きなのは卵料理。オムレツや目玉焼き、卵焼きなど、卵を使った料理を作ることは、彩香にとって心の癒しだった。

ある日、彩香は自分への挑戦として「だし巻き卵」を作ることを決めた。だし巻き卵は、一見シンプルな料理だが、実際には細かな技術が必要で、少しでも注意が散漫になるとすぐに失敗してしまう。彩香は、これを作り上げることで、自分のADHDともう一度向き合い、克服できると信じていた。

放課後、彩香は学校から帰ると、すぐにエプロンを着け、卵を手に取った。まずは、卵をボウルに割り入れる。集中しようとするが、頭の中では今日の学校で起こった出来事が次々と思い浮かんできた。友達との会話、宿題のこと、次の週末の予定――彩香は一瞬、手を止めて深呼吸した。

「今は卵に集中しよう」と、自分に言い聞かせる。卵をかき混ぜながら、だし汁を加える。だし汁の量や塩加減は、レシピ通りにしたはずだが、心配性の彩香は何度も確認してしまう。

次に、フライパンを温める。油を引き、卵液を少しずつ流し込む。ここで注意が散漫になると、一気に焦げたり、形が崩れたりする。だが、彩香は慎重にフライパンを傾けながら、均等に火を通していく。

しかし、ちょうどその時、彩香の携帯が鳴った。画面を見ると、友達からのメッセージだ。気になってしまい、フライパンの上にある卵を少しの間放置してしまった。気がついた時には、卵の一部が焦げ始めていた。

「やっぱり…また失敗しちゃった…」彩香は落ち込んだ。何度も失敗を繰り返してきたことが、また頭をよぎる。「私はいつもこうだ、ちゃんと集中できない」と、自分を責めた。

でも、諦めない。彩香はその焦げた部分を丁寧に取り除き、もう一度卵液を流し込み、慎重に巻いていった。焦げた部分をカバーするように、新しい層を重ねていくと、次第に形が整ってきた。

「大丈夫、これでいいんだ」と、少しずつ自信が戻ってくる。彩香は、だし巻き卵を一度巻き終えると、また新しい卵液を加えて丁寧に焼いていった。

最終的に完成しただし巻き卵は、完璧とは言えないものの、彩香にとっては大きな達成感を感じさせるものだった。形が少し歪んでいて、ところどころ焦げた部分も残っている。それでも、そのだし巻き卵は彩香にとって「自分が頑張った証」だった。

テーブルに並べただし巻き卵を見つめながら、彩香はふと微笑んだ。たとえ注意が散漫になりがちでも、少しずつ前進し続ければ、必ず何かを成し遂げることができる。それが彩香の思いだった。

「やっぱり、卵料理って面白いな。」彩香はそう呟き、箸を手に取った。

自分が作った料理を一口食べる。だしの風味が口の中に広がり、ふわふわとした食感が心地よい。彩香は、自分の頑張りを噛みしめるように、ゆっくりと味わった。

その日、彩香は自分に少しだけ自信がついた気がした。完璧ではないけれど、少しずつ前進している自分を認められたのだ。そして、次はもっと上手にできるように頑張ろうと心に決めた。

卵に始まり、卵に終わる彩香の挑戦は、まだまだ続いていく。








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