感謝の気持ち

命の贈り物

命の贈り物

エミリアは、これまでの人生で特に感謝という感情を深く考えることがなかった。日常の中で忙しさに追われ、自分の仕事や家庭のことに気を取られているうちに、感謝の心が少しずつ薄れていったのだ。彼女は、ただ生きるということがどれだけ貴重なことか、実感する機会が少なかった。

それが一変したのは、ある日突然起きた出来事からだった。

その日、エミリアは普段通り仕事に出かけ、いつもと同じルーティンをこなしていた。昼過ぎ、取引先とのミーティングの帰り道、彼女はふと目眩を感じ、足元がふらついた。その瞬間、頭の中に強い痛みが走り、視界が一気に暗くなった。

目が覚めると、エミリアは病院のベッドに横たわっていた。周囲には白衣を着た医師や看護師が忙しそうに動き回っている。頭に手をやると、包帯が巻かれているのを感じた。

「ここは……？」

「大丈夫ですか？」と、若い看護師が彼女に優しく声をかけた。「突然倒れたんですよ。運良く通りかかった方がすぐに救急車を呼んでくださって、ここまで運ばれました。」

エミリアは何が起こったのか理解するのに時間がかかった。倒れた瞬間の記憶がぼんやりとしていて、まるで遠い夢の中の出来事のようだった。しかし、医師の説明を聞くにつれて、彼女は徐々に現実を理解し始めた。脳に一時的な障害が発生し、命を落としかねない危険な状態だったという。

「もう少しで命を失うところでした」と医師は静かに言った。「早期発見が功を奏しましたね。少し休養が必要ですが、回復は見込めます。」

エミリアは、言葉を失った。彼女の胸に湧き上がってきたのは、安堵と同時に、命の重みを実感した瞬間だった。

退院後、エミリアは自宅で静かに過ごす日々が続いた。ベッドに横たわりながら、彼女はこれまでの自分の生活を振り返っていた。これまで当然のように感じていた毎日が、今や奇跡のように思えた。朝起きて、太陽の光を浴び、風の音を感じ、家族や友人と話す――それらすべてが、彼女にとって一つ一つ大切な瞬間に感じられるようになった。

エミリアはふと、聖書の一節を思い出した。ダビデ王が詩編で「命の源はエホバ神のもとにある」と記した言葉だ（詩編 36:9）。彼女はその意味を深く考えたことがなかったが、今ではその言葉が心に染み渡るようだった。命そのものが神から与えられた贈り物であり、それがどれほど貴重であるか、ようやく理解し始めていた。

数週間後、エミリアは回復の兆しを見せ、ゆっくりと日常生活に戻り始めた。彼女は仕事に復帰し、普段の生活を取り戻すことができたが、以前のように無意識に過ごすことはなくなった。彼女の心には、常に感謝の気持ちがあった。

ある朝、エミリアは通勤途中のバスの中で窓の外を眺めていた。空は澄み渡り、太陽の光が街を優しく照らしている。ふと、鳥のさえずりが耳に届き、彼女は小さな微笑みを浮かべた。その瞬間、彼女は感謝の気持ちに包まれた。

「生きているって、こんなにも素晴らしいことなんだ」と彼女は心の中でつぶやいた。

その日、エミリアは同僚のアンナに声をかけた。「アンナ、今日は天気が良くて気持ちいいわね。命があるって、それだけで本当に感謝すべきことだわ。」

アンナはエミリアの言葉に驚いた表情を見せた。「何かあったの？」と彼女は尋ねた。

「少し前に、私、危うく命を失いかけたの。だけど、それをきっかけに、日常の小さなことにも感謝できるようになったのよ。今まで当たり前だと思っていたことが、実はすごく特別なんだって気づいたの。」

アンナはしばらく考え込み、そして微笑んだ。「そうね、私たちはつい、忘れてしまいがちだけど、毎日が奇跡の連続なんだよね。」

それからというもの、エミリアは日常の中で感謝を忘れないように努めた。食事をする時には、食べ物の味わいや香りに感謝し、家族と過ごす時間にはその温かさに心を満たされた。彼女の人生は、大きな変化を遂げたわけではないが、心の持ちようが全く違っていた。

彼女は命が与えられていること自体に感謝し、それがどれだけ貴重であるかを日々噛みしめていた。神が与えてくださった命の源を忘れずに、感謝の心で日々を過ごすことの大切さをエミリアは心から感じていた。

彼女は、自分の命が危機に瀕した経験を通じて、命の尊さ、そしてそれを守ってくださる神への感謝の気持ちを再確認した。そして、これからもその感謝の気持ちを忘れずに生きていこうと決意していた。

エミリアは微笑みながら、神に静かに祈った。「ありがとう、エホバ。生きていることに感謝します。」