感謝の気持ち

春秋花壇

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生きるということ

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「生きるということ」

「お金がない…食べるものもない…」

玲奈は薄暗い部屋の隅で膝を抱えていた。財布の中は空っぽで、冷蔵庫もほとんど空だ。何日も前に最後の食材を使い果たし、それ以来、ただ水を飲んで空腹をしのいでいた。電気も最低限にしか使えず、冷蔵庫の中身は腐らないようにとスイッチを切ったままにしている。

携帯電話を握りしめ、誰かに助けを求めようと何度も考えた。しかし、助けを求める勇気がなかった。友人や家族に頼るのは恥ずかしい。仕事を失ってからというもの、誰かに迷惑をかけたくないと距離を取っていたのも理由のひとつだ。

「なんでこうなったんだろう…」

玲奈は自問自答を繰り返す。数ヶ月前までは、普通の生活を送っていた。正社員として働き、週末には友人とカフェに行き、映画を見に行く。何の不自由もない、普通の暮らしだった。それが、会社の経営悪化でリストラされて以来、全てが狂い始めた。

「もう少し、がんばればどうにかなる…」

そう思っていたが、仕事が見つからず、貯金も底をついた。そして今日、最後のコインもなくなった。これ以上、どうやって生きていけばいいのか見当もつかない。

その夜、玲奈は何も食べずに布団に入った。お腹が空いて眠れない。外の月明かりがカーテンの隙間から差し込んでいた。お金がなく、食べ物がないという絶望感に押しつぶされそうになりながら、玲奈は何度も深呼吸をしてみた。気持ちを落ち着けようとするが、空腹の感覚はますます強くなるばかりだ。

「私は生きている…ただそれだけでも、ありがたいことなんだよね…」

玲奈は、ふとそんなことを思い出した。昔、祖母がよく言っていた言葉だ。どんなに苦しいことがあっても、まだ生きていることに感謝するんだと。玲奈はその言葉が不思議と心に響いた。何もない。食べるものもない。それでも、まだ生きている。そう思うと、少しだけ気持ちが軽くなった。

翌朝、玲奈はぼんやりと目を覚ました。空腹感は相変わらずだが、昨日よりも少しだけ心が穏やかだった。「生きていることに感謝」という言葉が、彼女の中で少しずつ力を持ち始めていた。

着替えをしながら、彼女は部屋の窓を開けた。朝の新鮮な空気が部屋の中に流れ込み、玲奈の心を少しだけ癒やしてくれる。空腹であっても、自然の風や空気は無料だ。食べるものがなくても、生きている限りは何かしら得るものがあるのだと、玲奈は自分に言い聞かせる。

ふと、携帯電話が鳴った。画面には、かつての同僚・美咲からのメッセージが表示されていた。

「玲奈、最近どうしてる?久しぶりにご飯行かない?」

玲奈は一瞬ためらったが、勇気を出して返信する。

「実は最近、ちょっと大変で…仕事も失って、お金もないし、正直食べるものもほとんどないの」

すると、すぐに返事が返ってきた。

「それなら、今からご飯作って持って行くよ!遠慮しないで、すぐに行くから待ってて!」

玲奈は驚いた。こんなにもすぐに助けを差し伸べてくれる人がいるなんて思ってもみなかった。胸がじんわりと温かくなり、涙が溢れてきた。

「ありがとう、本当にありがとう…」

美咲は約束通り、すぐにやって来た。手作りのお弁当を持ってきてくれて、玲奈のために一緒に食事をしてくれた。玲奈は久しぶりに食べ物を口にし、心からの感謝を感じた。何もかもが絶望的だと思っていた時、こうして誰かが手を差し伸べてくれることに、ただ感謝しかなかった。

その夜、玲奈はふと、再び祖母の言葉を思い出した。

「何があっても、生きていることに感謝するんだよ」

そうだ。何もかもがなくなったと思っても、まだ生きている限り、希望はある。生きているからこそ、誰かに助けを求めることができる。生きているからこそ、誰かに感謝することができる。そして、生きている限り、また新しい一歩を踏み出すことができる。

玲奈は自分の状況に対する不安や恐れは消えないけれど、それでも今日、美咲の助けを得たことで、新たな希望を見つけることができたと感じていた。

「私は生きている。そして、それだけでも十分感謝する理由なんだ」

玲奈はそう思いながら、穏やかな気持ちで眠りについた。








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