かまってちゃん

影の中で

 影の中で

私は鏡の前に立ち、じっと自分の顔を見つめていた。無表情で、ただ目の前に映る自分の姿を見ているだけだった。鏡に映る自分は、いつもと変わらない。細い髪、薄い唇、少し丸みを帯びた顔立ち。だが、どこか違和感があった。

「これが私……？」

心の中でそんな問いが浮かぶ。けれど、答えは見つからなかった。自分が誰で、何をしているのか、何を考えているのか、何を望んでいるのか、そのすべてがわからなくなっていた。毎日が過ぎるごとに、自分が他人のように感じられ、鏡の中の自分とどこか遠くで繋がっているような、そんな感覚に陥るのだった。

１

小さい頃から、私は人との距離を保つことが得意だった。家族とも、友達とも、どこか一定の距離を保って生きてきた。そのせいか、周囲からは「冷たい」とか「無関心だ」と思われることが多かったが、自分自身はそれでうまくやっているつもりだった。周りに流されることなく、自分のペースで生きているという自信があったのだ。

だが、大学に進学してから、状況は少しずつ変わり始めた。自分の内面に対する疑問が膨らんでいったのだ。周りの人々はみんな明確なアイデンティティを持っていて、自分が何者であるかがはっきりしているように見えた。自分もそうであるべきだと思った。けれど、何をしても、誰かと過ごしても、何も「自分らしい」ものを見つけられなかった。

周囲との関係を築く中で、私は次第に自分の本当の気持ちや考えを隠すようになった。友達が何かを楽しそうに話しているとき、私はその話題に乗るフリをし、笑ってみせた。周りが期待する自分を演じることに疲れてきたが、それでも演じ続けるしかないと思っていた。自分が何を感じているのか、何を望んでいるのか、その答えが見つからないことが恐ろしかったからだ。

２

「本当に、私は誰なんだろう？」

その問いが胸を締め付けるように響いたのは、大学のサークルの集まりの帰り道だった。周りの人々は自分のことを理解してくれていると感じていた。しかし、同時にその理解が、私にとっては圧迫感のように感じられるようになった。どれだけ彼らと過ごしても、何かが足りない。どれだけ自分を偽っても、心の奥で空虚感が広がっていった。

その夜、眠れずに過ごしていると、突然、あることに気づいた。それは、いつからか私は自分の感情や思考を他人に合わせることを優先し、自分の本当の気持ちに耳を傾けることを忘れていたということだった。

「こんな私が本当に望んでいるものは何だろう？」

その問いが頭を離れなかった。自分が本当にやりたいこと、好きなことは何か、どうしてもわからない。ただただ、人々に合わせて自分を作り上げてきたことが、今になって苦しみとなって現れた。

３

数日後、私は友達に誘われてカフェに行った。彼女たちは楽しそうに話していたが、私はその会話の中に完全に溶け込めない自分を感じていた。彼女たちが笑っているのを見て、私は自分がその場にいてもその一員になれないような気がしてきた。自分だけが取り残されているような感覚が、胸を締め付ける。

そのとき、突然、心の中に強い衝動が湧き上がった。何かをしなければ、このままでは永遠にこの空虚感に飲み込まれてしまう。私はその感情に駆られ、カフェを飛び出した。街を歩きながら、自分が何をしたいのか、何を求めているのかを必死に考えた。

そのとき、突然、ふと思い出した。子供のころ、私は絵を描くのが好きだった。絵を描いているときだけ、時間を忘れて没頭することができ、あの頃の私は心から幸せだと感じていた。しかし、いつの間にかその楽しみは忘れられ、他人に合わせることばかり優先していた。

「絵を描こう。」

その一言が、私の心の中で大きく響いた。もう一度、自分の感情に素直になって、好きなことをしてみよう。それがどんなに小さなことであっても、少しでも自分らしさを取り戻すために。

４

私はその夜、家に帰るとすぐに絵を描き始めた。手元にあった色鉛筆を使って、何も考えずに紙に線を引いた。最初はうまく描けなかったが、それでも少しずつ形ができていく感覚が楽しかった。心の中のもやもやが少しずつ晴れていくような気がした。

その瞬間、私は気づいた。自分が誰か、何者であるかを答えられるものは、他人の期待や社会の基準ではなく、自分の内面にしかないのだということを。自分らしさは、他人と比較して見つけるものではなく、ただ自分の心に従って生きることから生まれるものだと。

鏡の中の自分を見つめながら、私は初めて少しだけ、心の中でほっとすることができた。まだ完全に自分を理解することはできていないけれど、少なくとも少しずつ自分に近づいている気がした。