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うそつき

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うそつき

「ありがとう。」

その言葉は、まるで風に乗って軽く流れていった。私の口から出た言葉だったけれど、心の中では何も感じていなかった。ただ、習慣的に言わなければならないと思って、口をついて出たのだ。ありがとう。それは、社会の中で与えられる義務感から出る言葉だった。私は本当に感謝しているわけではなかった。相手に対しても、私自身に対しても、ただの言葉に過ぎなかった。

「本当にありがとう。」

また、同じ言葉を繰り返している。相手は微笑んでいるけれど、私はその笑顔がどこか薄っぺらく感じていた。いや、実際には私の心が何も感じていないから、その笑顔が偽りのように見えるのだろう。彼は、私が感謝していると思っているのだろうか?本当に私に感謝してくれていると思っているのだろうか?

でも、私はもう気にしないことにした。どうせ人々は、自分が聞きたい言葉を聞きたいだけだ。感謝の気持ちがなくても、形だけの「ありがとう」を求めているのだ。誰かが本気で自分に感謝してくれるなんて思っている人は少ない。みんなそれぞれ、自分のことに追われているだけだ。

「どういたしまして。」

私は、彼の目を見ずに答えた。その返事が、まるで機械のように響いていることに気づいた。人間味がない。そのことに胸がざわついたが、気にしないことにした。私は人のことなど、どうでもよかったからだ。

人間関係のすべてが、演技に過ぎない気がした。誰もが、うわべだけの優しさを見せて、裏では何も気にしていない。自分のことだけを考えて生きている。それが当然のことだと、私は思うようになった。だって、誰かのために心から行動することが、どれだけ難しいことか知っているからだ。

私は、いつからこんな風になったのだろうか。気づけば、周りの人々の顔や名前も曖昧になり、どうしても気を使うのが疲れてしまっていた。感謝の言葉を交わしても、心の中でそれを本当に感じることはなかった。みんなが求める「ありがとう」は、私にとってはただの形式だった。感謝の気持ちなんて、ただの気休めに過ぎない。

その日も、また一日が過ぎていった。私は夕方の空気を感じながら、街を歩いていた。人々は忙しそうに行き交い、顔を上げることなく、それぞれの目的地へと急いでいる。みんな、心を亡くしているように見える。心がないままに、日々をただ過ごしているだけだ。

「忙しいという字は心を亡くすと書くんだそうだ。」

私はふと、昔誰かに聞いた言葉を思い出した。それがどうしても頭から離れなかった。私もそうだ。心が亡くなって、ただ何となく毎日をこなしている。忙しさに追われて、自分の心の中に何があるのかを見失っている。

私は、忙しさに埋もれて生きている。でも、誰もがそうだろうと思う。何もかもが、忙しい忙しいと言って過ぎ去っていく。心を亡くして、ただ動いているだけだ。誰もが、自分のことしか考えられない。私は人に対して、どこか冷たくなった。それが自分の心を守るためだと信じていたから。

でも、どこかでその冷たさに疲れた自分がいた。人と関わることなく、ただ「ありがとう」と言っておけば楽だと思っていた。でも、その言葉に嘘が含まれていることを、私は知っている。私は、心の中で本当に感謝をしているわけではないのだ。それがわかっているから、余計にその言葉が胸を締め付ける。

自分に対しても嘘をついているような気がしてきた。こんな生活を続けていて、私は本当に幸せなのだろうか。忙しさに追われる毎日の中で、私は自分が何をしているのか分からなくなっている。もしかしたら、私が本当に求めていたのは、ただの「ありがとう」ではなく、人との繋がりだったのかもしれない。

けれども、それを求めることができない自分がいる。なぜなら、人々は私が求めるものを持っていないからだ。彼らもまた、自分のことしか考えていない。みんな、うわべだけの優しさで接している。どこにも、本当の優しさなんて存在しない。

私は、再び歩き出した。心を亡くして、ただ足を前に進めるだけ。忙しさが私を飲み込み、私はまた一歩、冷たい世界の中に足を踏み入れた。









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