上 下
58 / 74

58 熱が下がらない

しおりを挟む
何かあるたびに、誰かに縋り付きたくなる。

指示を仰いで頼りたくなる。

怖いからだよね。

寂しくて消えそうだからだよね。

自信がないから、誰かが何かが必要なんだよね。

発達障害、特にADHD(注意欠陥多動性障害)は、依存症になりやすいと言われている。

消え入りそうな自己肯定感、圧倒されるほどの自己否定と衝動性。

これを回避するには、依存しても良いハイヤーパワーを見つけるしかないのだ。


「38.5℃」

引き伸ばされるゴールの白いテープのように、

どんどん安心が遠のいていく。

38度を超える熱なんて、一生のうちに何度もあることじゃないよね。

しかも、一昨日知り合ったばかりの見ず知らずの男の人が

自分の家でうんうんうなっている。

何よりも、新型感染症の疑いがあるせいで病院にも連れていけない。

救急車も呼べない。

背筋に悪寒が走るほどの四面楚歌。

高熱のせいで彼は沢山の汗をかいて、着替えさせてあげたいんだけど、

父は6年も前に身罷っていて、下着さえ処分した後だった。

無症状のわたしが買い物に行きたいんだけど、保菌者かも知れないから

むやみに外に出ることもできない。

(どうすればいいんだろう)

一緒に相席屋に行った友達の塁ちゃんは、ただいま夜勤明けで忙しいだろう。

でも、病院の看護師さんだから看病の指示は的確だよね。

わたし一人でこの戦いを乗り切るには、荷が重すぎる。

ネットで情報が得られるとはいえ、誰かと話をしたかった。

「大丈夫」

と、励まして貰いたかった。

そんな事はないだろうけど、もしも有名なコメディアンのように

わたしの家で死んでしまったら、

純さんのご両親に何と説明すればいいんだろう。

ああ、IFもしものネガティブが止まらない。

「お母さんを殺したのは、おまえ」

またあの恐ろしい言葉がフラッシュバックする。

許したはずなのに、深く刺さった棘のように傷がうずく。

純さんの顔色はそれほど悪くない。

スポーツドリンク、林檎のすりおろし、おかゆ。

と、食慾もある。

顎呼吸はしていない。

時折、咳が出るけど、咳き込んだりはしない。


昼過ぎの3時に塁さんにLINEをした。

塁さんは、あくる日に純さんと待ち合わせをした事にまずは、驚いていた。

「真理って、そんなキャラだっけ」

(呆れられたしまったのかな?)

純さんをわたしの家に連れて来た事に

「開いた口が塞がらない」

(あううう、やっぱりそうだよね)

責められているようで、裁かれているようでスマホを放り投げたくなる。

わたしは、直ぐに怒る。

やかん沸騰人間だ。

(困っているから、LINEしているのに、

今、これからの事では無くて、昨日のことをこの大変な時に言わないでよ)

何て、勝手な言い分。

(そうね)

とは返事するが、素直に同意なんてしていない。

そんな言葉が聞きたいんじゃない。

一通りの責め苦に耐えた後、

「それで、今、体温は?」

と、聴いてくれる。

(38.5℃。着替えを買ってきてくれそうな人いるかな?)

「なるほど、買い物に言って欲しいのね」

「(((uдu*)ゥンゥン、すりすり」

「あはは、了解」

わたしは、パジャマとトランクス、ランニングシャツと、靴下をお願いした。

頭寒足熱。頭はしっかり冷やして、足は暖かく。

「気や血液が流れるように」

身罷った母の口癖だった。

「今から買い物に行くから、30分くらいで玄関につくわ」

(お金は?)

「立て替えておくから、落ち着いたら返して」

(ああ、持つべきはやっぱり親友、塁様)

「いつでも連絡くれてかまわないからね、夜勤明けで休みだから」

と、言ってくれる。

塁さんの存在が、真夏の焼けたアスファルトで出会った冷たい水のようにさわやかで優しい。

30分もたたないうちに、チャイムが鳴り、小さな白いオステオスペルマムの花束と共に荷物が届いた。

重かっただろうに、スポーツドリンクの大きなペットボトルも何本か入っていた。

カードに、オステオスペルマム(心身の健康、元気)の言葉が添えられている。

わたしは、塁さんの心使いにほっとしたのか声を出して泣いてしまった。

逢うことは今できないけど、乗り越えてみせる。

ありがとうございます。
しおりを挟む

処理中です...