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 さあ、いよいよ明日の朝、退院予定。

昨日の夜、自宅に帰った時の報告と何がこれからしたいのか、

独りでも生活できるのか援助が必要なのかなどの

課題の提出をした。

今朝はそれに基づいてこれから受けられるであろう年金などの申請の

説明を受けた。

忘れ物や失くしものがあったこと、何度注意されても

すぐにまた同じ失敗を繰り返してしまうこと、

じっと座ってるのが苦手なこと。

年中注意がそがれて読書さえできない事。

計画してお金が使えない事。

簡単なルールを守るのが苦手なこと。

片付けが苦手なこと。

何かに熱中して適度に何かをする事が出来ない事。

困った事は数えられないほどある。

子供部屋おばさん、17年。

小林 真理。40歳。

3年前に父が身罷り、6カ月前に母が身罷った。

一人っ子なので、身近な家族はいない。

引きこもりになり始めたころのことも確認した。

就活の内定が決まって、インターンにいったら

マルチタスクができなくて周りに沢山の迷惑をかけたことなど。

思い出したくもない事が決壊したダムのように押し流されてくる。

ブレーキの壊れた車のように次から次へと出てくる言葉に

できるだけ暗い顔をしないように時系列で話した。

もうしまいには、ぼろぼろと泣き出し、

どれだけ周りから

「普通は……」

と言われ続けたかを話し、涙と鼻水の大洪水。

「そうだね、昔は病識が無かったからね」

主治医は、大きくうなづき、

「うん、そうかー」

と、相槌を打ってくださる。

「君が悪いんじゃないんだからね。

むしろ、まじめすぎるから悩んできたんだろうし」

この言葉に救われる。

解ってくれる人がいた。

父母以外に味方がいた。

たった一人の戦場に強い味方が現れた時のように血わき肉躍る。

「ありがとうございます」

心から感謝する。


そして、最後に何日か前にやった検査結果などを含めて

「障害年金の申請をしましょう。

そうすれば食べる分くらいはあるからゆっくり社会復帰できるでしょう」

訪問看護と、ヘルパーの派遣も申し込むように考慮してくださった。

気分障害と発達障害。

年金の申請理由だと言われたような気もするが、

わたしはメモを取らない限りすぐに忘れてしまう。

どうでもいいようなことは、いつまでも覚えているくせにね。


こうして私の新しい人生はスタートする。

セルフネグレクトは卒業するのだ。

おしゃれ心を添えて女子力を取り戻そう。

20歳の誕生日に自分ご褒美に買った真珠のネックレス。

昨日の外泊で、家から持ってきた。

淡い光沢がはんなりと胸元を飾る。


障害年金のお金がもらえるようになるのは少し先の話らしいけど…。

定型発達の人たちでさえ新型感染症のせいで

飲食店勤務とかは難しいみたいだから

年間 777,800円の給付は助かるよね。

みなさんのご協力に心から感謝します。

40歳にもなって、何で今頃と思わない訳ではないが

人生90歳時代。

あと50年はある。だったら、50年も引き籠もるのはしんどいもの。

お昼過ぎの自由時間に病院の前にある薬局の100円コーナーで買い物をした。

前々から、お金の使い方に計画性がないのはわかっていたが

なんと大きな袋に3つも買い物をしてしまった。

お湯を入れるだけの色んなラーメンやタンメン6つ。

海苔の佃煮、桃缶、フルーツミックスの缶詰、パイナップルの缶詰。

スパゲティ、ナポリタンの元、ミートスパゲティの元とか etc。

病院に持って行ったら、看護婦さんたちがびっくりしてた。

担当の看護婦さんが、

「明日、自転車で帰るのよね?」

と、聞いてくる。

「ああああああ」

どうしよう、後ろの籠と前の籠。

わたしのどじーーーー。

もう、自分の考えのない衝動的な行動にあきれ返ってしまう。

ハンドルの両方にぶら下げても、

今日買った物と3カ月の入院で使った衣類やバスタオル、

生活用品などどう考えても持って帰れるはずはない。

「とりあえず預かりにして、持って帰れるだけ持って帰れば……」

はうううう、衝動買い恐るべし。

ゆくゆくはデイケアに通う目標もあるので、

行ったり来たりも悪くはないのだろうが。

思わずまた、

「めんどくさいいいいいいいい」

って言いそうになるのは歯の所でしっかり止めた。

みーゆんみーゆんみーーー。じーじーじー。

蝉時雨がにぎやかだ。

初対面の人とでも気軽に話ができる私は、

夕食後、買ってきたお菓子を広げて新しくできたお友達の女の子たちと談笑。

ここで私の小さなこだわり一つ。

ポテチはやっぱり大池屋のり塩なのだ。

いい感じの塩加減にまだらな緑が食欲をそそる。

一袋314カロリー。

これだけは譲れないという押しなのだ。

ほらほら、唇が塩でしゃをしゃをになってくる。

そして、ポテチと言えばやっぱりお飲み物はキーンと冷えたコーラ。

お家に帰ったら、ちゃんとコップを冷蔵庫で冷やしたい。

檸檬も添えて極上のおやつタイム。

いひひひ、絶品。

ごまんえつーー。

結構、みんな一人ひとり悩みを抱えてそれでも頑張っている。

今日の失敗もいつかきっと、

そんな事もあったねと笑い話にできる日が来ることを心から祈る。

「おかあさん、頑張るから助けてね」

病院の庭の淡いピンクの槿(むくげ)が優しくうなづく。

「ムクゲ(木槿)」の花言葉は「デリケートな愛」「尊敬」。



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