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春秋花壇

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夕暮れの影

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「夕暮れの影」

夕方の空は、オレンジから薄紫へと少しずつ色を変え、街の輪郭をぼんやりと包み込んでいく。陽が沈むその時間帯、沙織は駅から自宅へと続くいつもの道を歩いていた。今日はどうしてか、心にぽっかりと空いた穴のような寂しさを抱えていた。秋の夕暮れは、なぜこんなに人を哀しくさせるのだろう――沙織は歩きながらふとそう思った。

通りを歩く人々は忙しそうに帰り道を急ぎ、街の灯りが少しずつ灯っていく。沙織もいつもなら、足早に家へと急ぐところだが、この日は何故か立ち止まりたくなった。周りを見渡すと、紅葉が鮮やかに色づいている木々が、夕暮れの光の中で影を伸ばし、地面に長い陰を作っている。空気が少しひんやりしていて、肌に触れる冷たさが秋の深まりを感じさせた。

ふと、沙織は大学時代の友人、美沙を思い出した。もう何年も会っていない。二人で夕暮れ時に散歩をしたこと、他愛のない話をしては笑ったこと、美沙と過ごしたあの季節の思い出が、頭の中に鮮明に蘇ってきた。そのころは未来に希望が満ちていて、どこか自分たちには無限の可能性があるように感じていた。けれど今は、仕事や生活に追われ、時間はただ淡々と流れるばかりだ。

「美沙、元気にしてるかな……」沙織は小さく呟いた。あれほど仲の良かった二人だったのに、いつしか連絡を取り合わなくなった。仕事や日々の忙しさに流されるうちに、連絡を取る理由さえ見つからなくなっていた。

夕陽がますます地平線に近づき、オレンジ色の光が沙織の影を長く伸ばした。彼女は少しの間、夕陽の中に立ち尽くし、自分自身の長い影を眺めた。かつては共に歩いていた影が今は一人分しかないことが、どうしようもなく切なく思えた。

そのとき、携帯が震えた。ふと画面を見ると、なんと美沙からのメッセージが届いている。「久しぶり、元気にしてる?ふと、沙織のこと思い出して連絡してみた」という短い一文が、夕暮れの薄暗い空気の中で青白く光っていた。

沙織は驚きと同時に、心の中にじんわりと暖かいものが広がっていくのを感じた。何年も会っていなくても、やはり美沙は自分にとって特別な存在だった。まるで、今この寂しさを感じている瞬間を知っていたかのように、彼女から連絡が届くなんて。

「こちらこそ、元気?」と短く返信を打ち、送信した。すぐに美沙からの返信が返ってくる。画面に浮かび上がる言葉を目にするたび、心が少しずつ暖かくなり、寂しさが和らいでいくようだった。二人で夕暮れ時の思い出話に花を咲かせるうちに、気づけば自宅に着いていた。

「近いうちに会おうね」と約束を交わし、やり取りを終えた後も、沙織はスマホの画面を見つめていた。画面の向こうにいる美沙が、まるで夕暮れの影に隠れた過去の自分とつながっているように感じた。

秋の夕暮れは、何かを失ったような寂しさを感じさせるけれど、同時に、それは過去と再び結びつくための静かなきっかけなのかもしれない。沙織は少しだけ笑顔を浮かべながら、夜の訪れを待った。

(完)







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