感情

感情の色

感情の色
秋の終わり、紅葉が鮮やかな色に染まる公園のベンチに、少年と老人が並んで座っていた。少年の名は啓太、10歳の彼は小さな肩を震わせながら泣いていた。その横で、老人の名は吉田良蔵。彼は静かに啓太の肩に手を置き、少し微笑んで話しかけた。

「啓太、どうしてそんなに悲しそうな顔をしているんだい？」

啓太は大粒の涙を流しながら、やっとのことで答えた。「今日は、おばあちゃんが亡くなって一周年なんです。去年の今日、おばあちゃんは急にいなくなっちゃって、僕、まだ何もお礼を言えてないんだ…」

良蔵は頷きながら、彼の話をじっと聞いていた。「それは、辛かったね。おばあちゃんと、たくさん楽しい思い出があったんだろう？」

啓太は小さく頷いた。「うん、おばあちゃんは僕にいろんなことを教えてくれた。お料理も、絵も、全部。僕が悲しいときも、いつもそばにいてくれたんだ。だから、もう一度会いたいって、ずっと思ってるけど…」

良蔵は少し考え込むように空を見上げた。穏やかな青空が広がり、木々の葉が風に揺れている。「啓太、おばあちゃんが君を大切に思っていたのはよくわかるよ。でもね、悲しい気持ちも、ちゃんと大事にしてあげなきゃいけないんだ。」

啓太は泣きながら首をかしげた。「悲しい気持ちが大事？どうして？」

「悲しみはね、君が誰かを本当に大切に思っていたからこそ生まれる感情なんだ。おばあちゃんが君にとってどれだけ大事な存在だったかを、悲しみは教えてくれているんだよ。だから、悲しいことを恥ずかしがる必要はないんだ。」良蔵はそう言いながら、優しく微笑んだ。

啓太は涙を拭いながら、少しだけ元気を取り戻したようだった。「でも、どうして悲しい気持ちがこんなに痛いのかな…」

良蔵はその質問に答えるように、ゆっくりと話し始めた。「それはね、どんな感情にも役割があるからなんだよ。悲しみは君の心が今、大事な人を失ったことを理解しようとしている証拠なんだ。そして、それを乗り越えることで、君はもっと強くなれるんだ。」

啓太は少し考え込んだ。「じゃあ、悲しみ以外の感情にも意味があるの？」

「もちろんさ。たとえば、怒りは何かを守りたいという気持ちから生まれるんだ。君が怒るときは、自分や大事な人を守ろうとしているときだ。怒りすぎるのは良くないけれど、その感情がなかったら、何が正しいか、何が間違っているかもわからなくなってしまう。」

「じゃあ、楽しい気持ちは？」

「楽しい気持ちは、君が今、幸せだと感じていることを教えてくれるんだ。君が夢中になって遊ぶとき、友達と笑い合うとき、その瞬間がどれほど素晴らしいかを、喜びは君に伝えてくれている。そして、その楽しい時間があるからこそ、困難なときも頑張れるんだよ。」

啓太はそれを聞いて、ふと何かに気づいたように言った。「じゃあ、僕が今悲しいのは、おばあちゃんと過ごした時間が、それだけ楽しかったからなんだね…」

「そうだよ、啓太。君の悲しみは、君とおばあちゃんの素晴らしい絆の証なんだ。だから、その気持ちを大切にしながら、前を向いて生きていくことが、おばあちゃんへの本当のお礼になるんだと思うよ。」

啓太は深く息を吸い込んでから、静かに頷いた。「わかった、僕、もう一度おばあちゃんにありがとうって伝えられるように、頑張るよ。」

良蔵は彼の頭を優しく撫でた。「それでいいんだ、啓太。君が自分の感情を大切にできるようになったら、きっとおばあちゃんも安心して天国から見守ってくれるよ。」

その言葉を聞いて、啓太の心に少しずつ希望が湧いてきた。彼は涙を拭き、ゆっくりと立ち上がった。「おじいちゃん、ありがとう。僕、もっといろんな感情を大事にしてみる。」

良蔵は微笑んで彼の手を取り、「それでこそ、啓太だ。感情には全部意味があるんだ。君の中にある一つ一つの気持ちが、君を支えてくれる大切な仲間なんだよ」と言った。

啓太は、もう一度深呼吸をして空を見上げた。そこには、雲ひとつない青空が広がっていた。おばあちゃんとの思い出が、心の中で温かく蘇る。悲しいけれど、同時にその思い出が、彼を優しく包んでくれているように感じた。

「おばあちゃん、ありがとう。僕、頑張るからね」と小さな声で呟きながら、啓太は公園を後にした。

良蔵は彼の姿を見送りながら、心の中でそっとエールを送った。「どんな感情も、君にとって大切なものなんだよ。君がそのことに気づいたなら、きっとこれからも強く生きていけるさ。」

それから良蔵はベンチに腰を下ろし、再び空を見上げた。啓太の心に宿った希望が、彼自身にも伝わってきたように感じた。感情の色が、それぞれに意味を持ちながら、私たちを導いてくれる。良蔵は、そのことを確信しながら静かに目を閉じた。

秋の風がそよそよと吹き抜け、木々の葉が舞い踊る中、彼は穏やかな気持ちでその場を去った。感情の色が描く人々の物語は、今日も静かに続いていくのだろう。