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春秋花壇

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不安を乗り越えるために

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「不安を乗り越えるために」

窓の外に、冷たい雨が降り続いている。秋の訪れとともに、空気はどこか冷たく、心に沁みる。私はその雨音を聞きながら、またいつものようにベッドに横たわり、心の中に渦巻く不安と向き合っていた。

「どうして、いつもこうなんだろう……」

小さな声でつぶやくが、答えは返ってこない。どれだけ考えても、自分の中にあるこの感情の正体がつかめないまま、毎日が過ぎていく。仕事でも、友人関係でも、何かが足りないような気がして、常に不安がつきまとっていた。

そんな時、ふと思い出すのは、子どもの頃の記憶だ。

まだ幼かった頃、私は母親の手を握りしめて歩くことが何よりも安心だった。母の手の温もりが、私を守ってくれるように感じられた。どんなに怖い場所でも、母がそばにいてくれれば大丈夫だと思えた。夜中に怖い夢を見ても、母がそっと布団を直してくれただけで、不安は消え去り、再び眠りに落ちたものだ。

その頃の自分は、何も考えず、ただ親からの愛と安心感を信じていた。母がいれば、父がいれば、私は何も怖くない——そんな単純な信頼が、私を支えてくれていた。

しかし、大人になった今、その手を握ってくれる人はいない。親元を離れ、一人で暮らし、仕事や生活の中で感じる不安や孤独を抱えながら、毎日を過ごしている。時折、SNSで他の人々が楽しそうに家族や友人と過ごす姿を目にするたび、心の中にぽっかりと空いた穴が広がっていく。

メリッサという女性の言葉が胸に響く。「何かを一緒に行なっている仲の良い家族の写真を見るたびに、『わたしも、子どもの頃こんなふうだったら良かったのに』と思うんです」。その気持ちが痛いほど分かる。私もまた、理想的な家族との思い出があったなら、もっと心が安定していたのだろうか。もっと強く生きていけたのだろうか。

でも、現実は違った。両親は私が中学生の時に離婚し、私は父方の家に引き取られた。母親の温もりを感じることは、それ以降なかった。父は仕事で忙しく、ほとんど家に帰ってこなかったため、私はいつも一人だった。学校でも友達は少なく、家に帰っても誰もいない。そんな環境の中で育った私は、次第に人を信じることができなくなり、自分の価値も分からなくなっていった。

「誰にも愛されていない……」

その感覚が、私の心に根深く植え付けられ、不安の源となっていた。親からの愛を十分に受けられなかったから、自分は何かが欠けている。そんな思い込みが、今も私を苦しめているのだ。

仕事場でも、誰かと一緒にいる時でも、ふとした瞬間にその感覚がよみがえり、不安に包まれる。自分が愛される価値のない人間なのではないか——そんな思いが常に頭をよぎるのだ。何かをしても、「本当にこれでいいのだろうか」「私の存在は意味があるのだろうか」と考えてしまう。

しかし、最近になって、少しずつその感覚に変化が訪れ始めた。ある日、ふとしたきっかけで、カウンセリングを受けることになったのだ。初めてのカウンセリングは緊張したが、カウンセラーの温かい言葉に少しずつ心を開いていった。

「あなたが感じている不安や孤独は、あなたの過去の環境から来ているかもしれません。でも、それはあなたの本来の価値とは関係ありませんよ。あなたが愛されていないわけでも、価値がないわけでもありません。あなたが自分をどう受け止めるかが大切なんです」

その言葉を聞いたとき、胸の中で何かが解けた気がした。私は長い間、自分が不完全で、愛される価値がないと思い込んでいた。しかし、それは単なる思い込みに過ぎないのかもしれない。親からの愛や、理想的な子ども時代がなかったからといって、私自身の価値が決まるわけではない。

それに気づいた瞬間、少しだけ心が軽くなった。

もちろん、不安が完全に消えるわけではない。今でも時々、心の中に孤独感や不安が顔を出すことはある。しかし、それに対して、少しずつ自分を受け入れられるようになってきた。

「大丈夫、私は私でいいんだ」

そう自分に言い聞かせるようにしている。理想の家族や友人がいなかったことは事実だが、それが私の価値を決めるわけではない。自分で自分を認めること、自分を愛することができれば、不安に押しつぶされることなく、少しずつ前に進むことができる。

不安を完全に消すことはできないけれど、その不安とどう向き合うかを学ぶことはできる。誰かに愛されることや、誰かに必要とされることだけでなく、自分自身を愛し、認めてあげることができれば、不安は少しずつ薄れていく。

雨はまだ降り続いているが、私はその音を聞きながら、少しだけ微笑んでみた。これからも不安に襲われることはあるだろう。でも、それでも私は、自分を大切にしてあげられる人間になりたい。

「大丈夫、きっとこれでいいんだ」

そう心の中でつぶやきながら、私は深呼吸をし、少しだけ未来に向かって前向きになれた気がした。






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