感情

共感力が高い人

「共感力が高い人」

玲奈（れいな）は小さい頃から「聞き上手」と言われていた。クラスメートや友達が悩みを打ち明けると、彼女はいつもその人の気持ちを真剣に受け止め、言葉少なにうなずきながら話を聞く。そして、相手の心が軽くなるような適切な言葉を選んで、そっと寄り添った。

その日、玲奈はいつものように職場に向かっていた。彼女は広告代理店で働いており、クライアントや同僚とのコミュニケーションが多い仕事だ。玲奈は、自分の「共感力」がこの仕事に役立っていると感じていた。人の気持ちを理解し、寄り添うことで、信頼関係を築くことができる。クライアントが抱える課題や希望を深く理解し、それを反映した広告を提案することが、彼女の強みだった。

しかし、今日の彼女は少し心が重かった。玲奈はここ最近、仕事のプレッシャーと同僚たちとの人間関係に疲れていた。誰かの悩みを聞き続けることは、共感力が高い彼女にとって時に重荷になることがあった。特に、何かを抱え込んでいる人が多い職場環境では、彼女自身がエネルギーを消耗してしまうことがあった。

昼休み、玲奈はオフィスの隅のカフェで一人静かにコーヒーを飲んでいた。ふとした瞬間、隣のテーブルでため息をつく音が聞こえた。見ると、同期の佐藤が頭を抱えていた。普段は明るく、周囲を笑わせるような彼が、こんな風に悩んでいる姿を見たのは初めてだった。

「大丈夫？」玲奈は、自然に声をかけていた。

佐藤は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに苦笑した。「ああ、玲奈ちゃんか。うん、まあ、色々あってさ。」

玲奈は無理に話を引き出すことなく、ただ静かに彼を見つめた。すると、佐藤は少しずつ話し始めた。最近、彼の担当しているプロジェクトがうまくいかず、上司からのプレッシャーが増していたこと。家でもストレスを抱え込み、妻との会話が減ってしまったこと。そして、彼自身が自分に自信を失いかけていること。

「僕って、こんなに弱かったっけって思うんだよな」と、佐藤は苦笑いしながら言った。

玲奈はしばらく黙っていた。彼の言葉一つ一つが、彼女の心に響いた。彼が感じている不安、焦り、そして孤独。それらが自分の中にも共鳴し、玲奈は深い共感を覚えた。

「佐藤さん、大変だよね」と、玲奈は静かに言った。「自分を責める気持ち、私もわかるよ。でも、いつも頑張っていること、ちゃんと見てる人はいるよ。」

玲奈は無理に励まそうとはしなかった。ただ、彼の気持ちに寄り添い、自分も同じように感じることがあるということを伝えた。それが佐藤の心にどう響くかはわからない。けれど、少なくとも彼が今抱えている重荷を少しでも分かち合いたいと感じた。

佐藤はしばらくの間黙っていたが、やがてぽつりと「ありがとう」と呟いた。

「玲奈ちゃん、君は不思議だね。僕の気持ちを、言葉にしなくてもわかってくれてるみたいだ。」

玲奈は微笑んだ。「私も悩むこと、たくさんあるよ。でも、誰かに話すことで楽になることもあるから、話してくれて嬉しい。」

その後、佐藤は少し明るい表情を見せて職場に戻っていった。玲奈も再びデスクに戻り、仕事に集中し始めたが、心の中で一つのことに気づいていた。自分の共感力は、人を癒すだけでなく、時に自分自身も癒してくれるのだということを。

人の気持ちを理解し、寄り添うことは、簡単なことではない。時には自分も傷つくことがあるし、他人の重荷を背負いすぎることもある。それでも、玲奈はその力を誇りに思っていた。共感力とは、単に相手の言葉を理解するだけではなく、その人の心に寄り添い、一緒に感じ、一緒に歩むことなのだ。

夜、玲奈は自宅に戻り、ベッドに横たわりながら今日の出来事を振り返った。自分が誰かの役に立てたことに、少しだけ誇りを感じた。明日もまた、彼女の共感力が誰かの心を救うかもしれない。そんな期待とともに、玲奈は静かに目を閉じた。

「神様、今日もありがとう。私にこの力を与えてくださって。」