感情

感情障害

【感情障害】

冬の冷たい風がアパートの窓を揺らし、小さな部屋に寂しさが漂っていた。佐藤絵美は、カーテン越しに街の灯りをぼんやりと見つめながら、自分の感情がまた制御不能になっていくのを感じていた。今日は特に酷かった。些細なことで苛立ち、その後にはひどい自己嫌悪に襲われる。まるで心が嵐の中に放り出されたような感覚だった。

「なんでこんな風になっちゃったんだろう…」

彼女は自問自答を繰り返していたが、答えはいつも見つからなかった。職場でも家でも、どこにいても不安定な感情が彼女を飲み込み、身動きが取れなくなる。心療内科で「感情障害」と診断された時、少しは自分が何かに名前を与えられたことで安心したが、その言葉が日常を変えることはなかった。

「大丈夫、ただの気分の問題だ。深く考えすぎないで」と友人や同僚たちは言うが、彼らにはこの胸の中にある重い闇の実感がない。普通の人たちには、感情の起伏がこんなにも苦しいものだということが理解できないのだろう。感情が高ぶり過ぎれば周囲の全てが敵に見え、逆に感情が沈みすぎれば、自分がいかに無価値であるかを痛感するだけだった。

絵美の毎日は感情に振り回される日々だった。朝、目が覚めるとすぐに心が不安定になる。今日は何がきっかけで自分を傷つけるのか、誰かに怒りをぶつけてしまうのか、そんなことばかりを考えてしまうのだ。感情の波に飲み込まれ、周囲と衝突するたびに自己嫌悪に陥る。そして、そんな自分を許せず、さらに感情が荒れ狂うという悪循環が続いていた。

その日も、会社での会議中に感情のバランスを崩してしまった。上司の厳しい指摘に苛立ち、その場で反論してしまったのだ。周囲の視線が自分に突き刺さり、会議室の空気が一気に重くなったのがわかった。それでも、自分を抑えられなかった。

「そんなに感情的になるなよ、冷静に考えろ」と上司が冷ややかに言い放った瞬間、絵美の中で何かが崩れ落ちた。会議が終わるや否や、彼女はトイレに駆け込み、こらえきれずに涙を流した。どうしてこんなにも自分を抑えられないのだろう？　どうしてこんなにも自分が周囲から浮いてしまうのだろう？

その夜、彼女は家に帰るとソファに倒れ込み、深い溜息をついた。心の中に溜まっていた感情が再び膨れ上がり、胸を締め付けるようだった。自分はもう限界だ。何もかもが崩れ去りそうだった。

「なんで私はこんなに弱いんだろう…」

彼女はまた、繰り返される問いに対して答えを出せないままだった。自分が感情障害であることは理解していたが、それでも周囲に迷惑をかけてしまうことが耐えられなかった。感情が制御できないことが、ますます彼女を孤立させていた。

そんな時、スマホが鳴り響いた。画面を見ると、昔の友人、遥からのメッセージだった。

「元気？久しぶりに話さない？」

絵美は少し迷ったが、結局返信を返すことにした。彼女と遥は学生時代の親友で、何でも話せる間柄だった。けれど、感情が不安定になってからは、彼女との連絡も疎遠になっていた。久しぶりに会うことに少し緊張を感じながらも、彼女はどこかで安堵していた。

数日後、カフェで待ち合わせた二人は、昔と変わらず話し始めた。最初は他愛もない話題で笑い合っていたが、ふとした瞬間に絵美は感情がこみ上げてきてしまった。

「遥、実は最近、自分の感情がうまくコントロールできなくて、仕事でもプライベートでも苦しいんだ……」

遥は驚いた顔をしたが、すぐにその表情を和らげた。「それ、ずっと抱え込んでたんだね。大変だったでしょう？」

絵美は涙をこぼしながら、自分の心の中で渦巻いていた不安や怒り、孤独感を次々と打ち明けた。遥はそれをじっくりと聞き、決して批判することなく受け止めてくれた。

「私も、絵美ほどじゃないけど、感情の波に飲まれることがあったよ。特に仕事でプレッシャーがかかるとね。でも、そういう時は誰かに話すことで少し楽になるんだ。」

遥の言葉に、絵美は初めて救われた気持ちになった。自分だけがこの苦しみを抱えているわけではない、そして、誰かに話すことで少しでも軽くなることがあるのだと気づかされたのだ。

その日以来、絵美は少しずつ、自分の感情と向き合う勇気を持つようになった。感情障害がすぐに治るわけではなかったが、少なくとも孤独ではないこと、自分の気持ちを誰かに話すことで一歩前に進めることを知ったのだ。

感情の波は今も彼女の中に存在しているが、それを一人で抱え込むことはもうない。