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春秋花壇

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トランポリンの午後:

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トランポリンの午後:

ある晴れた日の午後、桜子は公園の芝生に立っていた。目の前には大きなトランポリンが広がっていて、子供たちがぴょんぴょんと楽しそうに跳ねているのを見つめていた。風がそよそよと吹き、彼女の髪をやさしく撫でる。桜子は子供のころ、よくこんなふうに外で遊んだものだと思い出しながら、少しだけ笑みを浮かべた。

「ねえ、ママもやってみようよ!」元気な声が彼女の耳に飛び込んできた。足元に目をやると、息子の健太が瞳を輝かせながらトランポリンを指さしている。

「えっ、ママが? さすがにママにはちょっと無理かな。」桜子は苦笑いをしながら、跳ねる子供たちを見ていた。

「そんなことないよ! ママも一緒に跳んだら、きっとすごく楽しいよ!」健太は桜子の手を引っ張って、トランポリンの方へ連れて行こうとする。

桜子は心の中で少し戸惑っていた。大人になってからというもの、自由に身体を動かすことや、無邪気に楽しむことが少なくなっていた。いつも仕事や家事、子育てで忙しく、自分の時間を忘れてしまっていたのだ。

「でもなぁ…」桜子は思い切って言葉を濁そうとしたが、健太の期待に満ちた顔を見て、胸の奥に暖かいものが湧き上がってくるのを感じた。

「いいわ、やってみようかな。」桜子は微笑みながら、靴を脱いでトランポリンに足を踏み入れた。

健太は大喜びでぴょんぴょん跳ねながら、すぐに桜子に続いた。彼の軽快なステップを見ながら、桜子は恐る恐る足を曲げ、軽く跳ねてみた。すると、トランポリンの弾力が想像以上で、体がふわりと浮かび上がった。

「わっ!」思わず声が出てしまったが、その瞬間、心の中に何かが解き放たれたような気がした。桜子は再び足を踏み込み、今度は少しだけ強めにジャンプしてみる。すると、もう一度空中に舞い上がり、ふわりと軽やかな感覚に包まれた。

「やった、ママが跳んでる!」健太は大喜びで桜子の周りを飛び跳ねる。彼の無邪気な笑顔を見ると、桜子は自然と笑みがこぼれた。彼女はまたジャンプし、今度はもう少し高く、もう少し自由に。

「これは……楽しい!」桜子は思わず声を上げた。久しぶりに体全体で遊ぶ喜びを感じ、まるで自分が子供に戻ったような気がした。空を飛ぶような感覚、風を切る音、そして息子と共に共有するこの瞬間。

次第に、桜子は健太と一緒にぴょんぴょん跳ねまわり、二人の笑い声が公園中に響いた。何も考えず、ただ体を動かし、笑い、喜ぶ。そんな瞬間が、こんなにも大切だったことを、彼女は忘れていたのかもしれない。

「もっと高く跳べるよ、ママ!」健太は無邪気に挑戦を促す。桜子はもう一度足を強く踏み込み、力いっぱいにジャンプした。体がふわりと宙に浮かび、数秒間、すべてのことを忘れて、ただ風を感じた。

地面に戻ると、健太と視線が合った。彼の顔には達成感が満ちていて、桜子も同じ気持ちだった。二人はただ笑い合い、息を整えるためにトランポリンの端に腰を下ろした。

「ママ、すごく楽しかったね!」健太が満足げに言うと、桜子も微笑んで頷いた。「うん、本当に楽しかったわ。ありがとう、誘ってくれて。」

「また一緒に跳ぼうね、ママ!」健太は嬉しそうに言い、再び小さな足をぴょんと動かした。

桜子は彼を見つめながら、心の中で大きな変化を感じていた。大人になると、どうしても忘れてしまいがちな「遊び心」や「自由さ」。でも、こうして健太と一緒に過ごすことで、それを取り戻せるのだと気付いた。

「そうね、また一緒に跳ぼう。」桜子はそう答えながら、遠くで沈んでいく夕日を見つめた。その光は柔らかく、温かく、彼女の心もまた同じように温かく包まれていた。

大人になっても、何かに心躍らせる瞬間はいつでも訪れる。そう、ぴょんぴょんと跳ねて、心を軽く、そして自由にしてくれる瞬間は、どんな時にも自分のそばにあるのだ。

桜子は健太の手を取り、立ち上がった。「さあ、そろそろ帰りましょうか。また明日もぴょんぴょんしようね。」

健太は「うん!」と元気よく答え、二人は手をつないで家路についた。






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