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春秋花壇

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積極的な言葉

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積極的な言葉

陽介(ようすけ)は、27歳の営業マン。入社して数年が経ち、彼の仕事ぶりは決して悪くない。しかし、最近はどうも冴えない日々が続いていた。新規顧客の獲得が思うようにいかず、上司からのプレッシャーも日に日に増している。さらに、同期の中でも目覚ましい成果を上げる者が出てきており、陽介は自分との比較に心が重くなるのを感じていた。

「もう、どうしたらいいんだろう…」と、陽介は溜息をつきながら、デスクに積まれた資料の山を見つめた。そんな彼に声をかけてくれたのは、隣の席に座る同僚の美咲(みさき)だった。彼女はいつも明るく、誰とでも親しげに話す性格で、職場のムードメーカー的存在だった。

「陽介くん、大丈夫?なんか最近元気ないね。」美咲が心配そうに声をかける。陽介は驚いたように顔を上げて、少し笑ってみせた。

「ありがとう、ちょっと疲れてるだけかな。」

その言葉に嘘はなかったが、それ以上に彼は自分の限界を感じていた。頑張っても成果が出ない日々に、どうしても自信を持てなくなっていたのだ。美咲はそんな陽介の様子を見透かしたように、さらに続けた。

「そういう時こそ、ちょっとした変化が大事だよ。ほら、気分転換にランチでも行こうよ。私のおすすめのカフェがあるんだ。」

陽介は一瞬、断ろうかとも思ったが、美咲の明るい笑顔に引き込まれるようにしてうなずいた。「じゃあ、お言葉に甘えて。」

二人は職場近くのカフェに向かい、席に着いた。美咲が頼んだサラダランチと、陽介が頼んだパスタが運ばれてきた頃、陽介は改めて美咲に感謝の気持ちを感じた。彼女は本当に周りをよく見ていて、自然と人を元気づける力があるのだと気付いたのだ。

「最近、うまくいってないんだよね。」陽介は、ぽつりと呟いた。美咲は陽介の言葉を静かに聞きながら、彼に視線を向けた。

「誰だって、そういう時はあるよ。だけどね、陽介くん、きっと大丈夫だよ。だって、あんなに一生懸命にやってるんだもん。結果が出ないっていうのは、まだその途中なだけなんだよ。」

美咲の言葉はあまりにシンプルだったが、陽介の心には響いた。自分を信じることができなくなっていた今、美咲の「大丈夫」という言葉がどれほど心強いか、陽介は初めて気付いたのだった。

「でも、僕がやっていることが本当に正しいのか、時々わからなくなるんだ。成果が出ないと、何が悪かったのか自分でも整理がつかなくて。」

美咲は少し考え込んだ後、にっこりと笑って言った。「それなら、まずは自分のやってることを見直してみるのもいいかもね。でも、それは自分を否定するためじゃなくて、もっと良くなるためのステップだよ。」

陽介は、美咲の積極的な言葉に心が軽くなるのを感じた。彼女の言葉は、何も特別なアドバイスではないかもしれないが、前向きで力強く、まるで陽介の背中をそっと押してくれるようだった。

カフェを出た後、美咲は「また頑張ろうね」と軽やかに手を振って職場に戻った。陽介はその後ろ姿を見送りながら、小さく「ありがとう」と呟いた。美咲の言葉が、彼にとっては大きな転機になると感じていた。

その日から、陽介は少しずつ自分の仕事に取り組む姿勢を変えていった。まずは、小さなことでも一つひとつ丁寧にこなすこと。そして、自分の行動を見直し、改善していくこと。そうすることで、自信を少しずつ取り戻し始めた。

一週間後、陽介は上司に呼び出された。少し緊張しながら会議室に向かうと、上司はにこやかに笑っていた。

「最近の君の働きぶりには感心しているよ。新規の顧客も増えてきたし、チーム全体の雰囲気も良くなっている。何かきっかけがあったのか?」

陽介は少し照れくさそうに笑った。「特に大きなことはしていないんです。ただ、少し視点を変えてみたんです。」

その瞬間、陽介は美咲の言葉を思い出した。彼女の積極的な言葉が、自分を変えるきっかけになったのだと再確認した。上司は陽介の返事にうなずき、「これからもその調子で頼むよ」と励ました。

陽介はその後も、自分の仕事に積極的に取り組み続けた。時には成果が出ずに悩むこともあったが、美咲の言葉がいつも心の支えになっていた。「大丈夫」「まだ途中だから」。その言葉が、彼を前に進ませる原動力だった。

半年後、陽介は部門でトップの成績を収め、チームリーダーに昇格した。美咲はそのことを喜んでくれ、二人で再びあのカフェに訪れた。陽介は感謝の気持ちを伝えると、美咲は笑って「何もしてないよ」と答えたが、陽介はそうではないと強く感じていた。

積極的な言葉は、時に人の人生を大きく変える力を持つ。それを陽介は自らの経験を通じて知ったのだった。これからも自分の言葉が誰かの背中を押すことができるようにと、陽介は心に誓った。誰もが迷い、悩むことはある。しかし、前向きな言葉があれば、きっとまた歩き出せる。それが、陽介が学んだ大切な教訓だった。










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