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春秋花壇

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「憐れみの果てに」 - 夫の視点を交えて

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「憐れみの果てに」 - 夫の視点を交えて

夕暮れ時、夫の隆也は、いつものように仕事から帰ってきた。リビングには美沙の姿があり、夕飯の準備をする音が静かに響いていた。彼はいつも通り「ただいま」と声をかけたが、美沙の返事はどこか淡白だった。その様子を見て、隆也の胸には重い罪悪感がのしかかった。

彼は浮気をしていた。それはもう自分でもどうしようもない愚かさだとわかっていたが、何かに追われるように行為を続けていた。最初はほんの出来心だった。仕事のストレスや、家庭での疎外感が募り、気づけば会社の後輩との飲み会で親しくなっていた。その女性、彩乃は若く、隆也に対して無邪気な笑顔を向けてくれる。美沙とは違った軽やかさがあり、隆也の心に少しの安らぎを与えていた。

「俺は、何をしているんだろう?」と隆也は何度も自問した。美沙とは10年も連れ添い、彼女への愛情が消えたわけではなかった。それどころか、美沙を傷つけることなど絶対にしたくなかった。しかし、自分自身がどうしようもないほど疲れていて、逃げ場を求めていた。彩乃との関係はその逃げ場のひとつでしかなかったが、気づけば深みにハマっていた。

隆也は自分の行動が家族に与える影響について考えるたびに、胃の奥が締め付けられるような感覚に襲われた。家庭での会話が減り、子供たちとの時間も減った。美沙が家事や育児に追われる中、彼はいつも外に逃げるようになっていた。そんな自分に対する嫌悪感がありながらも、現実から目を背けるように日々を過ごしていた。

そんなある日、美沙から「話があるの」と静かに告げられた。彼女の目は真剣で、どこか冷たく感じられた。リビングのテーブル越しに向き合い、隆也は息が詰まるような緊張感に包まれた。美沙は何も言わずに携帯を取り出し、写真を彼に見せた。そこには、彩乃と親密そうに寄り添う自分の姿が映っていた。

隆也の胸はドクンドクンと激しく脈打ち、冷たい汗が背中を伝った。「これが浮気の証拠だ」と突きつけられた瞬間、言い訳や弁解の言葉すら思い浮かばなかった。ただ、美沙がすべてを知ってしまったという現実が頭を支配していた。

「ごめん、美沙…」と隆也はやっとの思いで口を開いた。しかし、その謝罪すらも軽薄に感じられた。彼女の目には、怒りも悲しみも滲んでいたが、どこか冷静さを保とうとする意志が見えた。美沙は自分がどれだけ傷ついたのかを語りつつ、彼に対する期待と失望が交錯していることを伝えた。そして、彼女の口から出た言葉は、意外な提案だった。

「一緒にカウンセリングに行こう。今のままじゃ、きっとお互いに苦しいだけだから。」

その提案に、隆也は一瞬言葉を失った。カウンセリングという言葉は、隆也にとって未知の世界だった。しかし、これ以上美沙を傷つけたくないという思いから、彼は静かに頷いた。

カウンセリングに通い始めてから、隆也は初めて自分の感情と向き合う機会を得た。なぜ浮気をしたのか、自分が何を求めていたのか、美沙との関係をどう修復したいのか。カウンセラーの静かな問いかけに、隆也は少しずつ自分の本音を引き出された。美沙もまた、自分の思いを語り、夫に対する愛情と失望の狭間で揺れていることを素直に表現した。

セッションを重ねるごとに、二人の間には小さな変化が生まれ始めた。隆也は、美沙の話に耳を傾けるようになり、彼女もまた隆也の気持ちを理解しようと努めた。許すことの難しさ、互いの感情を尊重することの大切さを、二人は少しずつ学んでいった。

カウンセリングを終えたある日、隆也はリビングで美沙と向かい合い、深い呼吸をして話し始めた。「美沙、俺は今でも君を愛してる。浮気をしたことは決して許されることじゃないけど、俺は本気でやり直したいと思ってる。」美沙はその言葉を静かに受け止め、しばらくしてから小さく頷いた。

「私もまだ完全には許せてない。でも、あなたと一緒に前に進みたいと思ってる。」その言葉に、隆也は救われたような気持ちになった。

二人はまだ、完全に元通りではない。しかし、憐れみと許しの狭間で揺れながらも、新しい関係を築くために日々努力を続けていた。社会の中で浮気は非難される行為だが、それを乗り越えようとする二人の姿には、確かな希望があった。許しとは一瞬で終わるものではなく、少しずつ歩み寄る道のりであることを、二人は共に学んでいったのだった。










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