感情

春秋花壇

文字の大きさ
上 下
176 / 249

信じる力

しおりを挟む
「信じる力」

春の風がまだ冷たい朝、僕は大学のキャンパスを歩いていた。周りには忙しそうに歩く学生たち、カフェで友達と楽しそうに話す姿が見える。でも、僕の心はどこか重たかった。いくら頑張っても結果が出ない日々が続き、何をしても自信が持てなくなっていた。

僕は大学のサークルで長距離ランニングをしていた。最初はただの運動不足解消のために始めたが、次第に仲間たちとの練習が楽しくなり、いつの間にか大会を目指すようになっていた。しかし、練習を重ねるたびに他のメンバーとの差は広がっていった。走っても走っても、誰よりも遅い。どんなに努力しても、タイムは思うように縮まらなかった。

「お前、いつも最後だな」と、先輩に軽口をたたかれたこともあった。その言葉が胸に刺さり、自分には向いていないのかもしれないと何度も思った。でも、辞める勇気もなく、ただ流れに身を任せるように走り続けていた。

きっかけの言葉
ある日、大学の帰り道に立ち寄った図書館で、偶然目にした本があった。タイトルは「信じる力」。何気なく手に取ったその本の中に、印象的な一文があった。

「自分にはできると信じれば、あなたはもう道半ばまで来ている」

その言葉に、僕はハッとした。これまでの自分はどうだったのか。タイムが遅い自分、結果が出ない自分、そんな自分ばかりを見つめていた気がする。何かを信じたことなんて、あっただろうか。心の中に湧き上がる疑問と共に、その言葉が深く刻まれた。

信じることの難しさと具体的な練習
翌日の練習は、いつもと同じスタートだった。グラウンドを数周し、ウォームアップを終えた後、坂道ダッシュのメニューが始まった。この練習は、僕にとっては特に厳しかった。短距離のスピードを出すのが苦手で、何度も途中で息が切れて歩いてしまったことがあった。

「今日は絶対に歩かないぞ」と心に決めて、スタートラインに立った。坂道を見上げると、先輩や同級生たちが既にスタートを切っている。彼らの背中がどんどん遠ざかっていくのを見ながら、僕は必死に足を動かした。

一度目のダッシュは何とか走り切れた。呼吸が荒くなり、心臓が激しく鼓動しているのがわかる。次のスタートの合図がかかるまでの数十秒間、僕は必死に呼吸を整えた。「自分にはできる」と信じること、それがどれほど難しいかを実感する瞬間だった。

二度目、三度目とダッシュを繰り返すごとに、足は重くなり、体が鉛のように感じられた。呼吸は浅く、頭がぼんやりとしてくる。心の中では「もう無理だ、休みたい」と何度も囁く声が聞こえる。それでも、あの言葉を思い出していた。「自分にはできると信じれば、もう道半ばだ」と。

四度目のダッシュのとき、足がもつれて転んでしまった。膝に鋭い痛みが走り、泥だらけになった自分を見て、思わず悔しさで涙がこぼれた。僕は膝を押さえながら立ち上がり、仲間たちが心配そうに振り返るのを感じた。先輩が駆け寄ってきて「無理するなよ」と声をかけてくれたが、僕は首を横に振り、「まだやれる」と呟いた。

痛みを抱えたままの五度目のダッシュは、正直きつかった。体が言うことを聞かず、先輩たちの背中はさらに遠くなった。それでも、僕は目を閉じて、自分の中の信念に問いかけた。「まだやれるか?」——そして自分の中からの答えは、「やれる、信じよう」というものだった。

信じることは、痛みや不安を消し去る魔法ではない。けれど、その小さな信念が、僕をもう一歩、そしてまた一歩と前に進めさせてくれる。最後のダッシュのとき、僕は自分のペースを守りながらゴールを目指した。仲間たちよりも遅れてゴールしたけれど、その瞬間の達成感は、これまでの練習の中で一番だった。

大会当日と信じる力
その後も、僕は毎日の練習で自分を信じることを忘れないようにした。結果がすぐに出るわけではなかったが、少しずつ体力がつき、タイムも縮まっていった。そして、いよいよサークルのメンバーで出場する大会の日がやってきた。

大会当日、僕はスタートラインに立ちながら深呼吸をした。周りの選手たちは皆、緊張の面持ちで、僕と同じように心の中で何かと戦っているように見えた。スタートの合図が響き、僕はゆっくりと走り出した。最初は周りの選手が一斉に飛び出し、僕の前を駆け抜けていくのが見えた。でも、その時僕は焦らなかった。自分にはできる、最後まで走り切るんだと信じていた。

レース中盤、ペースが落ちかけたときも、「これまでの練習を思い出そう」と自分に言い聞かせた。坂道ダッシュで転んだときのこと、痛みを押しながら走り続けた日のこと。その全てが僕を支えていると感じた。最後の直線に差し掛かったとき、僕は持てる力を振り絞り、全力で走った。

結果は決して上位ではなかったが、自己ベストを更新した。その瞬間、僕は自分の成長を実感し、何よりも自分を信じたことに誇りを感じた。先輩や仲間たちが拍手をしてくれて、僕は笑顔で彼らの元に駆け寄った。

「お前、よくやったな」と先輩が言ってくれた。僕はただ「ありがとう」と返したが、その言葉にこめた感謝は、僕自身への感謝でもあった。これからも走り続けるだろう。信じる力があれば、どんな道も乗り越えていける。そう信じて、僕はまた新たな一歩を踏み出した。

「自分にはできると信じれば、あなたはもう道半ばまで来ている」。その言葉は、これからも僕の心の中で灯り続けるだろう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

注意欠陥多動性障害(ADHD)の日常

春秋花壇
現代文学
注意欠陥多動性障害(ADHD)の日常

体育教師に目を付けられ、理不尽な体罰を受ける女の子

恩知らずなわんこ
現代文学
入学したばかりの女の子が体育の先生から理不尽な体罰をされてしまうお話です。

保健室の秘密...

とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。 吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。 吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。 僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。 そんな吉田さんには、ある噂があった。 「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」 それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。

日本史

春秋花壇
現代文学
日本史を学ぶメリット 日本史を学ぶことは、私たちに様々なメリットをもたらします。以下、そのメリットをいくつか紹介します。 1. 現代社会への理解を深める 日本史は、現在の日本の政治、経済、文化、社会の基盤となった出来事や人物を学ぶ学問です。日本史を学ぶことで、現代社会がどのように形成されてきたのかを理解することができます。 2. 思考力・判断力を養う 日本史は、過去の出来事について様々な資料に基づいて考察する学問です。日本史を学ぶことで、資料を読み解く力、多様な視点から物事を考える力、論理的に思考する力、自分の考えをまとめる力などを養うことができます。 3. 人間性を深める 日本史は、過去の偉人たちの功績や失敗、人々の暮らし、文化などを学ぶ学問です。日本史を学ぶことで、人間としての生き方や価値観について考え、人間性を深めることができます。 4. 国際社会への理解を深める 日本史は、日本と他の国との関係についても学ぶ学問です。日本史を学ぶことで、国際社会における日本の役割や責任について理解することができます。 5. 教養を身につける 日本史は、日本の伝統文化や歴史的な建造物などに関する知識も学ぶ学問です。日本史を学ぶことで、教養を身につけることができます。 日本史を学ぶことは、単に過去を知るだけでなく、未来を生き抜くための力となります。 日本史の学び方 日本史を学ぶ方法は、教科書を読んだり、歴史小説を読んだり、歴史映画を見たり、博物館や史跡を訪れたりなど、様々です。自分に合った方法で、楽しみながら日本史を学んでいきましょう。 まとめ 日本史を学ぶことは、私たちに様々なメリットをもたらします。日本史を学んで、自分の視野を広げ、未来を生き抜くための力をつけましょう。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

獣人の里の仕置き小屋

真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。 獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。 今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。 仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。

ぽっちゃりOLが幼馴染みにマッサージと称してエロいことをされる話

よしゆき
恋愛
純粋にマッサージをしてくれていると思っているぽっちゃりOLが、下心しかない幼馴染みにマッサージをしてもらう話。

人違いで同級生の女子にカンチョーしちゃった男の子の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

処理中です...