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春秋花壇

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今と昔の僕

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「今と昔の僕」

海辺の小さな街に生まれ育った僕は、いつも他人と自分を比較していた。成績の良い友達、スポーツが得意なクラスメイト、そして誰からも好かれる人気者。どこか自分だけが遅れているような、そんな気持ちがいつも心にのしかかっていた。

高校を卒業して、東京の大学に進学したときも状況は変わらなかった。大きな街の光に飲み込まれるように、僕はさらに自分を見失っていった。周りはみんな優秀で、才能にあふれている。そんな彼らと自分を比較することが、いつの間にか日常になっていた。「もっと頑張らなきゃ」「もっとすごくならなきゃ」——そればかりが頭の中を巡っていた。

変化のきっかけ
ある日、久しぶりに実家に帰ったとき、ふと家の近くの海へと足を運んだ。夕暮れ時、柔らかな波音が静かに響く。その穏やかな風景に、僕は少しずつ心を落ち着けられていった。かつて子供の頃、ここで何時間も釣りをして過ごしていたことを思い出した。あの頃の僕は、ただ目の前の海と向き合い、時間を忘れて過ごしていた。誰かと自分を比較することなんて、考えたこともなかった。

「今の僕はどうしてこんなに焦っているんだろう?」そんな疑問が頭に浮かんだ。大学の講義、アルバイト、就職活動。確かに忙しくて、やるべきことは山積みだった。でも、昔の僕はそんなことに振り回されていなかった。ただ純粋に、自分が楽しいと思うことをしていた。比較するのは他人ではなく、過去の自分だった。

学びの再発見
そう気付いたとき、何かがスッと晴れたような気がした。大切なのは、他人と競争することではなく、自分の成長を見つめること。僕はまず、大学の講義の受け方を見直すことから始めた。以前は「単位を取るため」「就職に有利だから」という理由で、周りに流されるままに科目を選んでいた。でも、本当に興味を持てない授業を受けるのは苦痛でしかなかった。

そこで、自分が本当に興味を持てるテーマを見つけることに決めた。元々、海や自然に関心があった僕は、環境学の授業を受けてみることにした。最初は単位のためという気持ちもあったが、次第に学ぶことの楽しさを再発見した。フィールドワークで実際に自然の中に出かけたり、環境問題についてディスカッションしたりするうちに、僕はどんどん引き込まれていった。

ある日の授業で教授が言った言葉が、特に心に残った。「大切なのは、周りと比べることではなく、自分が何を成し遂げたいかを考えることです。」その言葉にハッとさせられた。周囲の期待や評価ばかりを気にしていた僕にとって、それは新しい視点だった。過去の自分よりも少しでも知識を深め、理解を広げていくことができれば、それが何よりも価値のあることだと感じられるようになった。

就職活動の再定義
就職活動もまた、以前の僕にとっては他人と自分を比較する場だった。周りの友人が次々と内定を取っていく中で、自分だけが取り残されているような感覚に襲われ、焦りばかりが募っていた。しかし、海辺での気づきから少しずつ考えを変えた僕は、自分が本当にやりたいことを見つけることに重きを置くようになった。

他の友人たちが有名企業や安定した職業を目指す中、僕は自分がどんな環境で働きたいのか、どんな価値を提供したいのかを真剣に考えた。企業研究も、単に表面的な条件を見るのではなく、その企業の理念やビジョン、自分との共通点を見つけることを重視した。

そんな中で出会ったのが、小さな環境コンサルタント会社だった。大企業のようなネームバリューはないが、社員一人ひとりが熱意を持って仕事に取り組んでいる姿勢に惹かれた。面接でも、ただスキルや経歴を問われるのではなく、「あなたは何に情熱を持っていますか?」と聞かれた。その質問に、僕は胸を張って答えることができた。「過去の自分よりも、少しでも前進し続けたいんです」と。

その結果、僕はその会社から内定をもらった。決して有名な企業ではないが、自分が心から納得できる選択だった。周りと比べての「成功」ではなく、自分自身が成長できる場所を選んだことに、初めて誇りを持てた。

新たな一歩
夜、再び実家の近くの海へと足を運んだ。暗い海に反射する月の光を見つめながら、僕は思った。「これからも、過去の自分と比較して、少しずつ前に進んでいこう。」そう決意した時、心の中に新たな風が吹き込んだような気がした。

他者と比較するのではなく、過去の自分と比較する。それが僕にとっての生きる道しるべとなった。これから先も、あの海のように穏やかでありたい。そんな思いを胸に、僕はそっと目を閉じた。

あの夜の静けさは、まるで僕の心を包み込んでくれるようだった。これからも、自分と向き合いながら生きていこうと、そう強く思ったのだった。









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