感情

そねみ

そねみ

麻衣子は鏡の前で微笑みながら、自分の姿を見つめていた。彼女は、どこから見ても完璧な女性だった。すらりとしたスタイルに、美しい肌、そして誰もが羨むほどの長い黒髪。周りからも「美人だね」と言われ続け、その言葉を受け取るたびに、麻衣子の自信は深まっていった。

しかし、その美しさの裏には、彼女だけが知る暗い感情が潜んでいた。それは、「そねみ」。麻衣子の中には、他人を羨み、嫉妬する気持ちが渦巻いていた。

高校時代、麻衣子は常にクラスの中心にいた。友達は多く、誰からも好かれる存在だった。だが、彼女が密かに嫌っていた相手が一人いた。それは、同じクラスの沙織だった。沙織は特に目立つわけでもなく、麻衣子とは対照的に控えめで目立たない存在だった。しかし、彼女の内面には、麻衣子が持ち得なかった「純粋さ」があった。沙織は誰に対しても親切で、その笑顔には偽りがなかった。友達が困っているときには、いつも真っ先に助けの手を差し伸べる。そんな沙織を、麻衣子は心の底でそねんでいた。

「どうして、沙織のような子があんなに好かれるの？」と、麻衣子は何度も自問した。自分は美しさも持っているし、友達も多い。それなのに、なぜか沙織の存在が、麻衣子の心を重くさせた。彼女は、自分が感じるこのそねみを打ち消すために、さらに自分を磨き、他人に対しても完璧な笑顔を見せ続けた。

大学に進学してからも、麻衣子のそねみは続いた。新しい環境では、より多くの人々と出会い、さまざまな価値観に触れることになった。しかし、どこに行っても、麻衣子の中には「自分よりも素晴らしい人」がいるという感覚が付きまとった。友達が新しい恋人を見つけたとき、他の人が仕事で成功したとき、麻衣子は心の奥底で「どうして自分じゃないのか？」という問いを抱え続けた。

特に、大学で出会った彩香の存在は、麻衣子にとって耐え難いものだった。彩香は、麻衣子とは違うタイプの美しさを持っていた。彼女は柔らかな雰囲気で、誰からも愛される存在だった。学業も優秀で、さらにはボランティア活動にも熱心に取り組んでいた。そのため、周囲からの評価は高く、彩香がいる場では、自然と人々が集まってくることが多かった。

麻衣子は、そんな彩香に対して、心の中で激しいそねみを感じるようになった。「どうして、彩香ばかりが注目されるの？ 私だって、同じくらい努力しているのに。」麻衣子は、彩香の存在を意識するたびに、その思いが募るのを感じた。

そのそねみの感情は、次第に麻衣子の日常生活にも影響を及ぼし始めた。彩香が周囲から称賛されるたびに、麻衣子の心は重くなり、自分自身がどんどん小さくなっていくように感じた。麻衣子は、心の中で「彩香なんて消えてしまえばいい」とさえ思うことがあった。

しかし、ある日、麻衣子は彩香と話す機会があった。彩香は、その時、静かに麻衣子に言った。「私、いつも麻衣子さんのことを尊敬していたんです。あなたの努力や美しさ、そして強さには、本当に憧れます。」

その言葉を聞いた瞬間、麻衣子の心は凍りついた。自分がそねみを抱いていた相手が、実は自分を尊敬していたなんて。麻衣子は、自分が感じていたそねみの感情がいかに無意味で、醜いものであったかに気付いた。彩香の純粋な気持ちに触れ、麻衣子は自分自身の心の闇と向き合わざるを得なくなった。

その後、麻衣子は少しずつ変わり始めた。彩香との出会いをきっかけに、彼女は自分の中のそねみを克服しようと努力した。相手の良さを認め、自分自身の価値を見つめ直すことで、麻衣子は心の平穏を取り戻すことができた。過去の自分が抱えていたそねみの感情は、もう彼女の中には存在しなかった。

それから数年後、麻衣子は彩香と共に、あるプロジェクトで協力する機会を得た。そのプロジェクトは成功を収め、二人の友情はさらに深まった。麻衣子は、彩香との関係を通じて、自分自身の成長を感じていた。そして、今では、他人を羨むことなく、自分らしく生きることの大切さを理解していた。