感情

推ししかかてん

推ししかかてん

推ししかかてん。その言葉が、彩花の心に深く染み込んでいた。推しとは、アイドルや俳優、アーティストなど、自分が心から応援する存在のことだ。そしてその存在が、彩花の日常を支えていた。推しがいることで、彼女は日々の喧騒から解放され、また新たな活力を得ることができていた。

彩花の推しは、あるアイドルグループのメンバー、翔真（しょうま）だった。翔真は、ステージ上でのパフォーマンスはもちろん、ファンに対する優しさと誠実さでも知られていた。彼の笑顔は、彩花にとって何よりの癒しだった。毎日のようにSNSをチェックし、彼の新しい写真やメッセージを見ては胸を高鳴らせ、ライブやイベントに参加するたびに、彼の魅力にさらに惹かれていった。

ある日、彩花は仕事で大きなミスをしてしまった。彼女は、企画書の提出期限を勘違いしており、上司から厳しく叱責された。普段はミスなど滅多にしない彼女だったが、その日はどうにも気が散っていたのだ。仕事の合間にSNSをチェックして、翔真の新しい投稿がないか気にしてしまう。そんな自分に少し自己嫌悪を感じつつも、心のどこかで「推しのことが大事なんだから仕方ない」と言い聞かせていた。

「推ししかかてん…」彩花は、そう自分に言い聞かせていた。翔真の笑顔を思い浮かべれば、辛いこともすべて乗り越えられる気がする。けれど、その日ばかりは、仕事でのミスが彩花の心に重くのしかかっていた。どうしても頭を切り替えることができず、彼のことを思っても、なかなか気持ちが晴れない。

そんな彼女に、さらなる試練が待ち受けていた。数日後、彩花が大切にしていたライブチケットが、手違いで無効になってしまったのだ。楽しみにしていた翔真のライブ、彼のステージを直接見ることができる貴重な機会が、突然奪われてしまったのだった。彩花は言葉を失い、ショックで泣き出しそうになった。

「どうしてこんなことが…」彩花は唇を噛みしめ、目に浮かぶ涙を堪えた。彼女にとってライブは、日常のすべての辛さを忘れさせてくれる唯一の場所だった。翔真の声を聞き、彼の笑顔を見ることで、心が癒され、明日への活力が湧いてくる。だが、その大切な機会を失った今、彩花の心は深い絶望感に包まれていた。

「もう、ダメかもしれない…」そんな弱気な声が、心の奥から聞こえてくる。これまでは、どんなに辛くても推しが支えとなり、彼女を前へ進ませてくれた。けれども、今はその推しさえも手の届かない存在になってしまったような気がした。

その夜、彩花はベッドに横たわりながら、スマホの画面をじっと見つめていた。翔真の笑顔がそこにあるのに、いつものように心が弾まない。SNSには他のファンたちが楽しそうに翔真のことを語っているのを見て、彼女はますます孤独を感じた。こんな自分が、翔真のファンである資格があるのだろうか。そんな疑念さえ浮かんでくる。

だが、ふとした瞬間、彩花は自分の胸に手を当てた。「私は、何のために彼を応援しているのだろう？」と、自問自答した。答えはすぐに出た。彼女が翔真を推す理由は、その存在そのものが彩花にとっての光だったからだ。彼のパフォーマンス、笑顔、言葉、そのすべてが彩花を生かしていた。

「推ししかかてん」——その言葉は、単なるファンの合言葉ではなかった。彩花にとって、それは生きる指針だったのだ。推しがいるから、毎日を頑張れる。推しがいるから、明日が楽しみになる。彩花は、失敗した仕事や無効になったチケットのことを思い出しながらも、その事実に向き合った。推しがいてくれるからこそ、自分はここにいる。

翌朝、彩花はいつもより早く起き、少しだけ時間をかけて準備をした。鏡の前で自分に微笑んでみる。今日は新しい一日であり、翔真はまだそこにいて、彼女を待っていてくれる。たとえライブに行けなくても、彼の声は彼女の心の中に響いている。

仕事に向かう途中、彩花はスマホを取り出し、SNSを開いた。翔真の新しい投稿が表示され、彼の笑顔が画面いっぱいに広がった。「今日も頑張ろうね！」と書かれた一言が、彩花の心をじんわりと温めた。

「うん、頑張るよ」と、彩花は心の中で彼に答えた。翔真の言葉は、彼女にとっての魔法だった。たとえ何が起ころうとも、推しの存在があれば、彩花は乗り越えられる。そう信じて、彼女は前を向いて歩き始めた。

「推ししかかてん」——それは彩花にとって、人生そのものを支える魔法の言葉だった。どんな困難も、この言葉と共に乗り越えていける。彩花はそう確信し、今日もまた、自分の道を進んでいった。翔真が、そして彼がいる未来が、彩花にとって最高のものになるように。