陽だまりの家

春秋花壇

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フルーツの朝とサクラの願い

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「フルーツの朝とサクラの願い」

朝から、頭が重い。鉛のような重みに、鈍い痛みが容赦なくのしかかる。気圧のせいか、それとも慢性的な疲労のせいか。理由を探る気力さえ湧かず、サクラは深くため息をついた。それでも、かすかに聞こえる娘たちの無邪気な笑い声が、彼女をかろうじて現実に繋ぎ止めていた。まるで、暗い海底でかろうじて水面に繋がる一筋の光のようだった。

ハル、ヒナ、ミク。6歳、4歳、2歳。まだ幼い3人の娘たちは、サクラにとってかけがえのない希望の光、いや、暗い海の中で見つけた、小さな灯台だった。夫を突然失ってからというもの、彼女は深い悲しみと、底知れない不安という名の暗い海を、一人で漂っていた。うつ病と診断され、リハビリに通いながら、生活保護と障碍者年金でなんとか日々の糧を得ている。一日を生き延びることすら、容易ではなかった。

「ママ、おなかすいた!」

長女のハルが、朝の太陽のような、元気いっぱいの声を響かせた。サクラは台所に立ちながら、疲れた顔に無理やり笑顔を貼り付け、できる限り優しい声で答えた。

「もうすぐできるよ。ちょっと待っててね。」

テーブルに運ばれたのは、色とりどりのフルーツが宝石のように輝くプレートだった。冬の柔らかな光を浴びて、みかんは熟した太陽のような橙色、りんごは深紅、柿は夕焼けのような黄金色に輝いている。イチゴの瑞々しい赤、レモンの明るい黄色、キウイフルーツの緑と茶色のコントラスト。そして、ぽんかんや金柑は、小さな灯火のように食卓を彩った。甘酸っぱい香りが部屋いっぱいに広がり、冷たい空気にほんのりとした温もりを添える。

「わーい!オレンジ食べる!」

「ヒナはイチゴ!」

「ミク、みかん!」

娘たちはそれぞれお気に入りのフルーツを小さな手に握りしめ、ぱくぱく、もぐもぐ、ちゅるんと可愛らしい音を立てて食べ始めた。その無邪気な笑顔と、小さな口を一生懸命に動かす姿を見守るサクラの胸の奥に、じんわりとした温かさが広がる。食卓を囲む穏やかな時間は、彼女にとって何よりも大切で、暗い日々を照らす、かけがえのない光だった。

「ママも食べて!」

ハルが差し出した真っ赤なイチゴを、サクラはそっと受け取った。口に運ぶと、甘酸っぱい果汁がじんわりと口の中に広がり、鉛のように重い頭を優しく撫でるようだった。張り詰めていた心が、ほんの少しだけ解き放たれる。

それでも、頭痛はしつこく彼女にまとわりついていた。サクラはゆっくりとソファに腰を下ろし、目を閉じた。まるで、深い眠りに落ちていくように。

「ママ、大丈夫?」

ヒナが心配そうに、小さな顔を覗き込む。サクラは力なく微笑み、ヒナの柔らかな髪をそっと撫でながら、かすれた声で言った。

「ちょっとだけ疲れただけだよ。大丈夫。」

午後になり、ほんのわずかだけ体調が回復したサクラは、窓辺でみかんを剥き始めた。曇り空の下、外は底冷えのする寒さだが、部屋の中は娘たちのきゃっきゃという笑い声で満たされ、小さな温室のようだった。

「ママ、これなに?」

ヒナが緑色のキウイフルーツを指差し、目を輝かせて尋ねた。

「これはね、キウイっていうの。ビタミンCがたっぷり入っていて、風邪をひかないようにしてくれるんだよ。」

「ヒナ、食べる!」

一口かじると、「すっぱーい!」と顔をしかめた。その可愛らしい仕草に、サクラもハルも、そしてミクも声を合わせてあははと笑った。リビングに響き渡る笑い声は、どんよりとした空気を吹き飛ばし、部屋全体を明るく照らす、魔法のようだった。

その日の夜、子どもたちがすやすやと眠りについた後、サクラは一人静かなリビングで、窓の外の暗い夜空を見上げながら、心の中で静かに祈った。

「どうか、明日も娘たちと一緒に、少しでも笑顔で過ごせますように。」

フルーツの甘さと、時折感じる酸っぱさのように、人生には喜びと苦しみ、温かさと冷たさが複雑に混ざり合っている。それでも、サクラは娘たちのために、一歩ずつ、ゆっくりと、しかし確実に前に進んでいかなければならない。暗い夜空の向こうには、必ず朝が来る。そう信じている。いや、信じたいと強く願っている。

テーブルの上に残された、食べかけのフルーツたちを静かに見つめながら、サクラは小さく息を吐いた。「明日は、どんなフルーツを食べようか。」そんな、本当にささやかな、けれど大切な計画が、彼女の心にまた一つ、小さな、けれど確かな灯火をともした。それは、暗い夜道を照らす、希望の光、そして、明日への小さな約束だった。
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