陽だまりの家

捧げものごっこ

捧げものごっこ

子供たちが昼寝をしている静かな午後、サクラは聖書を開いた。今日の箇所は、カインとアベルの物語。何度も読んだ話だが、いつも心に引っかかるものがあった。神はなぜアベルの捧げ物を受け入れ、カインの捧げ物を拒んだのか。カインは心を込めて捧げなかったのか？　それとも、捧げるもの自体に違いがあったのか？

「カインとアベル…」サクラは小さく呟いた。夫を亡くし、生活保護と年金で細々と暮らす自分にとって、「捧げもの」とは何だろうか。毎日、子供たちのために食事を作り、洗濯をし、寝かしつける。それは、サクラなりの精一杯の捧げものだった。しかし、夫を奪った神は、その捧げ物をどう見ているのだろうか？　受け入れてくれているのだろうか？　不安が胸を締め付けた。

その時、ヒナが目を覚まし、台所にやってきた。「ママ、捧げものごっこしよう！」と、目を輝かせている。

「捧げものごっこ？」サクラは驚きながらも、ヒナの無邪気さに心が和んだ。

「うん！カインとアベルみたいに！」ヒナは得意げに言った。

「そうか…」サクラは少し考えた。「じゃあ、何を捧げたい？」

ヒナはしばらく考え込み、「私はね、このクマちゃんを捧げたい！」と、お気に入りのぬいぐるみを抱きしめた。

「クマちゃんか…」サクラは優しく微笑んだ。「捧げるものには、大切な気持ちが込められているんだよ。クマちゃんを捧げたいのは、どんな気持ちから？」

ヒナは少し戸惑いながら、「だって…クマちゃん、いつも私と一緒にいてくれるから…」と答えた。

サクラはヒナの言葉に、カインのことが頭をよぎった。カインも、自分の大切な作物を捧げたはずだ。しかし、神はそれを受け入れなかった。なぜなのか？　創世記4章6-7節が頭に浮かんだ。「主はカインに言われた。『なぜあなたは怒っているのか。なぜ顔を伏せているのか。もし正しいことをしているなら、顔を上げられるではないか。しかし、正しくないことをしているなら、罪が戸口で待ち伏せており、あなたを慕っている。あなたは、それを治めなければならない。』」神は、カインの心の状態を見ていたのだ。

「ヒナ、捧げるものは、クマちゃんじゃなくてもいいんだよ。大切なのは、どんな気持ちで捧げるかということ。例えば、ママがヒナのために作ったおにぎりも、愛情を込めて作ったから、それは立派な捧げものになるんだ。」

ヒナは目を丸くして、「おにぎりも？」と聞き返した。

「そうだよ。ママの愛情が詰まっているからね。」サクラは優しく答えた。

ヒナはしばらく考えた後、「じゃあ、私、ママが作ってくれたおにぎりを捧げる！」と嬉しそうに言った。

サクラは胸が熱くなった。ヒナの捧げものには、確かに愛情が込められている。それは、アベルの捧げものと同じ、心からのものだった。

二人は、小さなおにぎりを箱に入れ、手を合わせた。それは、ささやかな儀式のようだった。

「ねえ、ママ。カインはどうして怒ったの？」ヒナが尋ねた。

「カインも、きっと神様に受け入れてもらいたかったんだと思う。でも、神様は、カインの心を見ていた。アベルのように、神様を心から信じ、全てを委ねる気持ちが足りなかったのかもしれない。」サクラは、自分の葛藤をヒナに伝えるように、ゆっくりと話した。「でもね、神様はカインにもチャンスを与えたんだ。罪が戸口で待ち伏せている、それを治めなさい、と教えたんだ。だから、どんな時でも、神様を信じる心を大切にすることが大切なんだ。」

ヒナは真剣な表情で頷いた。

その後、二人はおにぎりを分け合って食べた。サクラは、ヒナと過ごしたこの時間が、カインとアベルの物語と同じように、大切な記憶として心に残ることを感じていた。捧げものごっこは、ただの遊びではなかった。それは、形ではなく心が大切だという、大切な教訓を教えてくれる時間だった。そして、サクラ自身の心にも、かすかな光が灯った。自分の日々の捧げものも、子供たちへの愛情という形で、確かに神に届いているのかもしれない、と。