陽だまりの家

シャガールの絵

シャガールの絵

サクラは、静かな午後のひとときを、子供たちと過ごしていた。リビングのテーブルに並べられたパソコンの前で、6歳の長女ハル、4歳の次女ヒナ、2歳の三女ミクがそれぞれ座っている。サクラは、子供たちの目が画面に釘付けになっているのを見て、少し微笑んだ。今日は、みんなでシャガールの絵を見ようと決めたのだ。

「ママ、これ、何の絵？」と、ハルが質問を投げかけてきた。画面に映っているのは、シャガールの有名な『青い男』だった。青い顔をした男が、どこか幻想的に描かれている。

「これはね、『青い男』っていう絵だよ。」サクラは優しく答えた。「シャガールは、色んな色を使って、見たことのないような世界を描いたんだよ。」

ヒナが画面を指さしながら言った。「でも、なんで顔が青いの？なんで？」と不思議そうに尋ねる。

サクラは少し考えてから言った。「うーん、きっとシャガールは、色んな気持ちを表すために色を使ったんだね。青は、悲しみや孤独を表す色かもしれない。でも、シャガールはその中にも希望を込めたんだと思うよ。」

ハルは真剣にその絵を見つめていた。「この男、すごく寂しそうだね。目がちょっと、遠くを見てるみたい。」と、彼女は少し考えてから言った。

「うん、そうかもしれないね。でもね、シャガールは、そんな寂しさの中にも美しさを見つけたんだよ。」サクラは穏やかに言った。

次に画面に映し出されたのは、シャガールのもう一つの名作『結婚式』だった。色鮮やかな花々が舞う中、空を飛ぶようにして二人の人物が描かれている。

「ママ、これもシャガールの絵？」と、ヒナが目を輝かせて尋ねた。

「うん、そうだよ。」サクラは頷きながら答えた。「これは『結婚式』っていう絵なんだ。空を飛んでいる二人は、愛し合う二人の心を表しているんだと思う。」

ミクは、画面に映る二人を見て嬉しそうに手を振った。「ふわふわ！」と、彼女は小さな声で言った。まだ言葉が上手に話せないミクが、その絵に興奮しているのは、純粋な喜びが表れているからだろう。

「ふわふわだね。」サクラは微笑んだ。「でも、この絵にはきっと意味があるんだ。シャガールは、二人がどんなに遠くにいても、心が一緒にあるってことを描いているんだと思う。」

「ふたりは、空で一緒なんだ。」ハルが静かに言った。その言葉には、彼女が絵の持つ深い意味を少し理解し始めた証が込められていた。

その後、サクラは子供たちにシャガールの絵をいくつか見せ、彼の作品がどれも美しく、不思議な世界を描いていることを話した。サクラが言葉で説明するたびに、子供たちの目が輝き、心の中に何かが芽生えたような気がした。

「シャガールはね、故郷を愛していたんだよ。」サクラが続けた。「でも、戦争で故郷を離れなければならなくなった。だから、絵を描くことで、いつも故郷のことを思い出していたんだ。」

「じゃあ、この絵の中に、故郷があるんだね？」ハルが目を輝かせて聞く。

「うん、きっとそうだね。」サクラは優しく答えた。「シャガールは、どんなに遠くにいても、愛しているものを忘れずに描き続けたんだよ。」

その時、サクラはふと思った。自分もまた、過去の悲しみや苦しみを抱えているけれど、子供たちと一緒に過ごす毎日が、少しずつ心を癒してくれているのだと。

夕方、サクラは夕食の準備をしながら、今日一日を振り返った。子供たちの笑顔、シャガールの絵、そしてその絵がもたらした穏やかな気持ち。心の中で、今日がとても特別な日だったように感じられた。

ヒナが小さな手でサクラの手を握りしめながら、言った。「ママ、今日の絵、とっても楽しかったね！」その言葉に、サクラは胸が温かくなるのを感じた。

サクラはヒナの小さな手をしっかりと握り返し、微笑んだ。「うん、私も楽しかった。ありがとう。」そして、ふと窓の外を見上げると、夕焼けが空を染め、薄い三日月が浮かんでいるのが見えた。

サクラは心の中でそっと呟いた。「今日も、良い一日だった。」その言葉を、心から感じることができた。