陽だまりの家

陽だまりのタルト

陽だまりのタルト

サクラ、26歳。三人の娘、6歳のハル、4歳のヒナ、2歳のミクの母。数年前、夫を病で失ってから、彼女の世界は一変した。夫、優太は、優しくて穏やかな人だった。出会いは、近所のスーパーだった。レジで手間取っていたサクラを、優しくフォローしてくれたのがきっかけだった。交際期間を経て結婚、三人の娘に恵まれた。幸せの絶頂にいた矢先、優太は突然倒れた。診断は進行性の難病。わずか数ヶ月の闘病生活の後、帰らぬ人となった。

優太の死は、サクラにとって人生の全てを失ったかのような衝撃だった。深い悲しみと喪失感、そして一人で子供たちを育てていかなければならないという重圧から、サクラはうつ病を発症した。何もかもが億劫になり、食事を作ることも、着替えることさえも困難になった。子供たちの世話はなんとかこなしていたものの、心の中は常に暗い雲に覆われていた。

「大丈夫かな、私…」毎晩、子供たちを寝かしつけた後、サクラは暗い部屋で一人、そう呟いていた。精神障害者年金と生活保護で生活を支えていたが、経済的な不安は常に付きまとっていた。子供たちを保育園や幼稚園に通わせてあげる余裕はなく、一日中家で過ごしていた。近所の公園で、他の母親たちが子供たちと楽しそうに遊んでいるのを見るたびに、胸が締め付けられる思いだった。

そんなサクラを支えたのは、エホバの証人の信仰だった。以前から優太と一緒に集会に参加していたが、彼の死後、その教えはサクラにとって心の拠り所となった。直接集会に出席することは難しかったが、ZOOMを通じてオンラインで参加することができた。画面越しに見る他の信者たちの笑顔や、聖書からの励ましの言葉は、サクラの心を温かく照らしてくれた。特に、「困難の中でも、神の愛は決して絶えることはない」という言葉は、サクラの心に深く響いた。

ある日のZOOM集会で、長老の一人がヨブ記の一節を引用し、「試練を通して信仰は強められる」と話した。その言葉を聞いた時、サクラは涙が溢れてきた。今の自分の苦しみは、神様から与えられた試練なのだ。この試練を乗り越えることで、自分の信仰はさらに強くなるのだ。そう思うと、少しだけ前向きな気持ちになれた。

毎朝、サクラは子供たちのために簡単な朝食を作る。ハルは絵を描くのが大好きで、最近は絵本を見ながら人物画に挑戦している。「ママ、見て！お姫様だよ！」と、少し歪んだ線で描かれたお姫様の絵を見せてくれる。その誇らしげな表情が、サクラには何よりも嬉しかった。ヒナはとにかくおしゃべりで、いつも歌を歌ったり、踊ったりしている。「ママ、おてつだいする！」と、小さな手で一生懸命テーブルを拭こうとする姿は、微笑ましい。ミクはまだ言葉もたどたどしいが、いつもサクラの足元に駆け寄ってきて、「ママ、だいしゅき！」と抱きついてくる。その温かさが、サクラの心を溶かしていく。

今日は、久しぶりに子供たちと公園に出かけることにした。春の柔らかな日差しが心地よく、風も穏やかだ。ハルはブランコに乗り、ヒナは砂場で砂遊びをしている。ミクはよちよちと歩き回り、時々転んで泣きそうになるが、すぐにまた立ち上がって歩き出す。サクラはベンチに座って、子供たちを見守っていた。

その時、ハルが叫んだ。「ママ、見て！私、木まで登れたよ！」

見上げると、ハルが低い木の枝に掴まって、得意げな顔をしている。その瞬間、サクラの目から涙が溢れた。それは、悲しみや苦しみからくる涙ではなく、喜びと感謝の涙だった。子供たちが元気でいてくれること、こうして一緒に穏やかな時間を過ごせること、それこそが何よりの幸せなのだと、改めて実感した。

帰り道、ケーキ屋さんの前を通ると、ショーケースに並んだ色とりどりのケーキが目に飛び込んできた。ハルが「ケーキ、食べたい！」と言った。サクラは少し迷ったが、今日は特別な日だから、と思い切って小さなタルトを買うことにした。家に帰って、ほうとうの残りと一緒にタルトを食べた。子供たちの笑顔が、部屋中を明るく照らした。

夜、子供たちが寝静まった後、サクラは一人、静かな部屋で窓の外を見た。月明かりが雲間から差し込み、かすかな光を投げかけている。サクラはそっと目を閉じ、今日一日を振り返った。そして、心の中で呟いた。「私は、五体満足で、つつがない日常を送れている。子供たちと一緒にいられる。それだけで、本当に幸せだ。」

明日もまた、子供たちと笑顔で過ごせる一日が始まる。サクラはそう信じて、眠りについた。

今回の改訂で、過去の出来事、子供たちの様子、信仰生活、日常の細かな描写、そして幸せを感じる瞬間をより具体的に描写することで、物語に深みとリアリティが増したと思います。