陽だまりの家

春秋花壇

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高島平団地の都市伝説

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『高島平団地の都市伝説』

サクラたちが住む高島平団地は、東京都の中でも古くからある大型団地だ。広々とした中庭や整然とした棟の配置が印象的だが、実はここには根深い都市伝説が数多く存在している。団地の住民たちの間では、その話題はあまりにも有名で、時折井戸端会議の話題にのぼることもあった。

ある晩、サクラは子どもたちを寝かしつけた後、久しぶりに自分の時間を楽しんでいた。リビングの明かりを落とし、ホットミルクを飲みながら静かな夜を味わっていたそのときだった。

「……トントン……トン……」

廊下の向こうから、小さな足音が聞こえた気がした。時計はすでに深夜を指している。子どもたちはぐっすり寝ているはずだし、こんな時間に訪ねてくる人はいない。

「気のせいかな……?」
サクラはそう自分に言い聞かせたが、胸の奥に小さな不安が広がる。

翌朝、サクラは近所の山田さんにその話をすると、彼は困ったように苦笑しながらこう言った。
「それ、もしかして『トントン幽霊』じゃないの?」

「トントン幽霊?」
サクラは首をかしげる。

山田さんは少し声を潜めて話し始めた。
「この団地の裏手にある棟、昔そこで亡くなった男の子がいるんだよ。その子の霊が、夜中になると廊下を歩き回ってるって噂なんだ。何でも、ドアを軽く叩きながら自分の家を探してるらしい。」

「そんな話、本当にあるんですか?」
サクラは半信半疑ながらも、少し怖くなってきた。

山田さんは肩をすくめた。
「信じるかどうかは自由だけど、ここの住民なら誰でも知ってる話だよ。」

それだけではない。高島平団地には、ほかにもいくつもの奇妙な噂がある。たとえば「赤いエレベーター」。深夜になると特定のエレベーターが赤く光り、そのエレベーターに乗った人は降りられなくなる、という話だ。また、「屋上の女性」という話も有名で、団地の屋上から手招きをする謎の女性を見たという目撃談も後を絶たない。

典子さんも別の日にこんな話をしてくれた。
「この団地ができたころ、大規模な火災があったのよ。そのときに亡くなった人たちが、いまでも夜な夜な歩き回ってるってね……。」

サクラは「本当ですか?」と驚いたものの、どこか現実感がなく、ただ聞き流していた。

しかし、それから数日後。サクラは子どもたちと買い物に行く途中、エレベーターの前でふと立ち止まった。
「お母さん、なんか赤くない?」
ハルが指をさした先には、確かにエレベーターのライトがいつもより赤みを帯びているように見えた。

「気のせいじゃないかな……?」
サクラはそう言いながらも、内心は少し緊張していた。結局、そのエレベーターに乗るのを避け、階段を使って下りることにした。

帰宅後、子どもたちが寝た後、サクラはスマホで「高島平団地 心霊スポット」と検索してみた。すると、驚くほどたくさんの噂や都市伝説が書かれていた。幽霊の目撃談や不可解な現象の話だけでなく、心霊現象を実際に体験したという人々のブログも見つかった。

「本当に、こんなことがあるのかな……?」
サクラは少し背筋が寒くなりながらも、どこか興味をそそられてしまう自分を感じていた。

その夜、サクラは夢を見た。薄暗い廊下を歩いていると、前方に小さな子どもの姿が見える。男の子は振り返り、サクラに向かって手を振った。

「お母さん、僕の家はどこ?」

その声はか細く、どこか哀しげだった。サクラが何かを答えようとした瞬間、目が覚めた。

「夢……?」
起き上がったサクラは、胸がざわついているのを感じた。時計を見ると、まだ夜明け前だ。廊下を確認しに行く勇気はなかった。

翌朝、サクラはその夢を山田さんに話してみた。
「それは……もしかすると、何かを伝えたかったのかもね。」

山田さんはそう言うと、小さな声で続けた。
「でもね、この団地に住む人たちがこうして元気に暮らせているのも、過去にいろんな歴史があったからだと思うんだ。だからこそ、こういう噂が消えないのかもしれない。」

サクラはその言葉に少し納得しながら、静かに頷いた。団地にはさまざまな人々の思いが積み重なっている。それは恐ろしい話だけでなく、今を生きる人たちにとっての大切な背景でもあるのだと。

「そうですね。私たちもこの団地で、しっかり生きていかなきゃいけませんね。」
サクラはそう言いながら、少しだけ背筋を伸ばして歩き出した。

団地の庭では、また新しい花が咲こうとしている。それを見たサクラは心の中でそっと呟いた。
「ここには、きっといろんな思いが眠ってる。でも、それを大切にしていきたい。」

そして今日もまた、サクラと子どもたちはガーデニングを始めるのだった。





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