陽だまりの家

春秋花壇

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坂道の先に

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『坂道の先に』

サクラは深くため息をつき、手をポケットに入れたまま坂道を上がっていった。風が冷たく、手袋をしていない左手の指先がじんじんと痛む。寒さに身を縮めながらも、彼女の目は遠くにあるユニクロの看板に向けられていた。

「ユニクロ、ユニクロ...」

毎月、生活保護でやりくりする日々が続いている中、買い物をすることは珍しかった。最近は、ほとんど食料品だけで、子どもたちの服を買うことさえも後回しになっていた。でも、今日は少しだけ、自分のために何かを買いたくて、坂を登ることを決めた。

サクラには三人の子どもがいる。長女のハル、次女のヒナ、三女のミク。どの子もまだ幼いが、ハルはもう6歳、ヒナは4歳、そしてミクは2歳になったばかり。子どもたちの服は、お下がりで済ませることが多かったが、彼女自身の服は数年にわたり新調したことがなかった。

一度だけ、三人を連れて出かけることにしたユニクロでの買い物。その時、寒い日だったが、厚着を忘れたまま出かけてしまった。冷たい風を感じながら店内に入り、フリースを買ったものの、どうしても体が温まらなかったことを思い出す。そんなことが、サクラの心の片隅に引っかかっていた。

坂を登るのが辛く感じる時もあるが、子どもたちのことを考えると、その辛さは耐えられる。サクラは一人で頑張っていると思い込んでいたが、今は、その一歩一歩が、家族を守るために必要なものだと強く感じていた。

ユニクロの店内に足を踏み入れると、温かい空気に包まれた。サクラは急いで店内を見回し、目に止まったのは、フリースのジャケットと、子どもたち用の可愛らしいセーターだった。自分のことを後回しにしてしまうことが多い彼女にとって、こうして自分のために何かを選ぶことが、まるで新しい世界に足を踏み入れるような感覚だった。

「これ、可愛いな。」

サクラは小さなセーターを手に取り、微笑んだ。それはミクが着るには少し大きめかもしれないが、きっと長く着られるだろうと思った。次に目を向けたのは、ハルのために色違いの同じデザインのセーターを見つけた。彼女の好きな色、ピンクが目を引いた。

「ヒナにも...」

サクラは目を細めながら、次女のためのサイズも探し始めた。しかし、すぐに思い当たることがあった。生活保護でやりくりする生活の中では、子どもたちのために服を買うことが難しい。サクラ自身、できる限りの節約を心がけていたが、それでも三人分の服を買うのは大きな出費となる。

でも、今日だけは、少しだけ心を許して、買い物をしてもいいのだろうと思った。

「よし...これにしよう。」

サクラは財布を取り出し、レジに向かった。店員が手早くセーターを袋に詰め、金額を確認する。思ったよりも安く感じられたが、サクラはその金額を一度心で確認してから、お金を支払った。

レジを終え、袋を手に取ると、サクラは店内の鏡の前に立って、何度も自分を見直した。ユニクロのフリースが彼女にぴったり合い、少しだけ自分を大切にできた気がした。寒い季節でも、家族を守るために頑張っている自分に、少しのご褒美を与えてもいいと思った。

帰り道、坂を下りながらサクラは子どもたちの顔を思い浮かべた。ハルはおませで、いつも母親を気遣ってくれる。ヒナはおっとりしていて、家の中で一番お姉さんのような存在だ。ミクは、まだ2歳で、いつも笑顔を振りまいてくれる。子どもたちの無邪気な笑顔が、サクラにとっての支えだった。

家に帰ると、ミクが玄関で待っていた。彼女が「ママ、ただいま!」と元気よく駆け寄ってくると、サクラは自然と笑顔がこぼれた。

「ただいま、ミク。」

サクラは袋から新しいセーターを取り出し、ミクに見せた。ミクは目を輝かせながら手を伸ばし、セーターを触ろうとした。

「これ、ミクの?すごい!きれい!ママ、ありがとう!」

その言葉を聞いて、サクラは胸が熱くなった。彼女が頑張る理由、それはこの子たちの笑顔のためだと、改めて実感した。

「お姉ちゃんたちにも、買ったんだよ。」

サクラは、ハルとヒナが帰ってくるのを待ちながら、そっと袋の中身を並べた。少しだけ贅沢をして、家族みんなで温かい服を着られる日が来ることを心から願った。

その夜、三人の子どもたちは嬉しそうに新しいセーターを着て、サクラの周りに集まった。サクラはその姿を見ながら、どんなに辛くても、この家族がいる限り、どんな困難にも耐えられると思った。寒い冬の日でも、温かい家族のぬくもりがあれば、心は暖かく保たれることを、サクラは知っていた。

坂道を登ったその先に待っていたのは、家族の笑顔と、少しだけ自分を大切にする時間だった。






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