陽だまりの家

新月

「新月」

夜が深まると、街の喧騒も静まり、周囲の音は遠くなり、空気が冷たく感じられた。サクラは、静かな夜に包まれながら、自宅のベランダに立っていた。新月の夜、空には星々がきらめき、まるで夢のように美しい光景が広がっている。しかし、その光景にサクラの心はふと沈んでしまった。

「どうして、こんなにも綺麗な星々を見て、心が重くなるんだろう。」

サクラは心の中で呟いた。空を見上げ、無数の星々が瞬くのをただ見つめていた。星たちは、どれも静かに光を放ちながら、無言で空を埋め尽くしている。その光は遠く、遥か彼方から届いているが、サクラにはその光が手の届かないものであるかのように感じられた。

「こんなにも素晴らしいものを見て、私は何をしているんだろう。」

心の中で浮かんでくるのは、過去のこと、未来のこと、そして今の自分のことだ。サクラは夫を失い、心の中でまだその喪失感と向き合うことができていない。毎日、子供たちと一緒に生活しているけれど、その心の隙間が埋まることはなく、ふとした瞬間に、無力さが胸に押し寄せてくる。

星々があんなにきれいに瞬いているのに、なぜ自分はこんなにも暗く感じるのだろうか。サクラはその問いに答えを見つけられないまま、ベランダの手すりに寄りかかり、深い息をついた。

その時、後ろから小さな足音が聞こえた。振り向くと、ハルが眠そうに目をこすりながら、サクラの元に歩み寄ってきた。

「お母さん、何してるの？」

「星を見ているんだよ。」サクラは穏やかに答える。

「星…きれいだね。」ハルは空を見上げ、その目に星の輝きが映っているのをサクラは感じた。

「うん、きれいだね。でも、星は遠くにあるから、触れられないんだ。」サクラは少し寂しそうに言った。

「お母さん、星もお空も、みんなお母さんを見守ってるんじゃない？」ハルがしっかりとサクラの目を見つめて言った。

その言葉に、サクラは胸が締め付けられるような気がした。確かに、星は遠くて、手の届かない場所にあるけれど、そこにある輝きは、何か大切なものを教えてくれている気がする。ハルの純粋な言葉が、サクラの心を少しだけ軽くしてくれた。

「ありがとう、ハル。お母さん、ちょっと元気になったよ。」サクラはそう言うと、ハルをそっと抱きしめた。

「お母さんが元気になると、ハルも元気になるよ。」ハルは嬉しそうに笑って、サクラの腕の中でぴったりと寄り添った。

その温もりが、サクラにとってはどれほど大きな支えになったことだろう。ハルやヒナ、ミクの存在が、サクラの心の中で次第に大きくなり、少しずつだが、何かを取り戻しているような気がする。

「ねぇ、お母さん、あの星、どこから来たの？」ハルが再び空を指差しながら聞いた。

サクラはしばらく空を見つめ、その星がどこから来たのかを考えた。星々は何千、何万光年も遠くから来て、今この瞬間に輝いている。そんな星たちに思いを馳せると、サクラは少しだけ、心が軽くなったように感じた。

「星は、ずっと昔にできたんだよ。すごく遠いところから、今こうして見えるようになったんだ。」サクラはハルに優しく答えた。

「すごいね！じゃあ、あの星はずっと前から輝いていたんだ。」ハルは目を輝かせて言った。

「そうだね。」サクラはうなずきながら、改めて空を見上げた。星々は、時間を超えて、今もその輝きを放ち続けている。サクラはそれに、少し勇気をもらったような気がした。遠くから届く光が、まるで自分に言っているような気がする。どんなに時間がかかっても、どんなに遠くても、前に進んでいくことが大切だということを。

「お母さん、あの星が一番きれいだよ！」ハルが指をさしながら言った。

サクラはその星を見つめた。小さく輝く一つの星が、どこか安心感を与えてくれるような気がした。そんな星々が、暗い夜空に溶け込んで、静かに輝き続けるように、自分も少しずつ、どんなにゆっくりでも前に進んでいくのだろうと思った。

「そうだね。あの星、きれいだね。」サクラは微笑んで、ハルの髪を撫でた。

その後、サクラはハルと一緒に部屋に戻ると、もう一度、夜空を見上げてから、心の中で誓った。どんなに時間がかかっても、自分自身を大切にし、少しずつでも前に進んでいくこと。それができたとき、星々のように輝ける自分に戻れるかもしれない。

そして、サクラは静かに心を整えながら、もう一度星々に向けて、感謝の気持ちを込めて微笑んだ。