陽だまりの家

こわいよー

こわいよー

サクラは子どもたちと過ごす日々の中で、毎日が愛情にあふれている反面、悩みや不安も深く感じていた。彼女は、母親としての自分に不安を覚えることがよくあった。特に、子どもたちが成長する過程での声かけがどれほど重要であるかを痛感する日々が続いていた。家の中では毎日、泣き声や笑い声が交互に響く。時にはイライラしてしまうこともあり、その度に自己嫌悪に陥ってしまう。

長女のハルは、しっかり者でお姉ちゃんらしく振る舞うことが多い。その分、プレッシャーを感じることも多かった。次女のヒナはちょっとおっとりしていて、時折突拍子もないことを言ってみんなを驚かせる。三女のミクはまだ2歳で、言葉も少しずつ覚え始めたところだが、その笑顔はまさに天使のようだ。しかし、彼女たちがみんな成長するにつれて、サクラは彼女たちにどんな言葉をかけるべきか、どう育てていけばいいのかを悩むようになった。

「またミクが壊した…」サクラは、リビングの机に置いてあった花瓶が割れているのを見て、ため息をついた。少し目を離した隙に、ミクが花瓶を倒してしまったのだ。

「ミク！どうしてそういうことするの？」サクラは反射的に声をあげてしまった。しかし、その瞬間、胸が痛くなった。叱り方がちょっと強すぎたのではないかと思ったからだ。

「ママ、こわい。」ミクがうるうるとした目で見上げてきた。

その一言が、サクラの心に突き刺さった。「こわい」という言葉は、まさにサクラが一番避けたかったことだった。サクラはミクの手を取り、しゃがみ込んで目線を合わせた。

「ごめんね、ミク。ママ、怒りすぎちゃったね。でも、花瓶は大切なものだから、壊してしまうと悲しいよね。気をつけてね。」サクラはそう言って、優しく抱きしめた。ミクはしばらくサクラの胸で泣いていたが、少しずつ落ち着いてきた。

その後、サクラは自分自身に問いかけた。どうして、いつもこんな風に叱ってしまうのだろうか？どうすれば、子どもたちが素直に自分の気持ちを表現できるようになるのだろうか？

サクラはモンテッソーリ教育やオルタナティブ教育に強い興味を持っていたが、日々の育児の中で実践することは容易ではなかった。叱るべき時にどう言えばいいのか、ほめるべき時にどんな言葉をかければ子どもたちの自己肯定感が育まれるのか、それがサクラの最大の悩みだった。

ある日、サクラは昔、教員として働いていたときのことを思い出していた。彼女はそのころ、子どもたちに「ごほうびシール」を与えることで、子どもたちの行動を引き出していた。しかし、ある日、早く作業を終わらせた子どもがシールを欲しがるあまり、無理に早く終わらせるようになってしまったことに気づいた。その時、サクラは「褒美」や「罰」が子どもの本当の成長を妨げていることを実感し、教育方法を根本から見直さなければならないと感じた。

「褒める」「叱る」という行為も、言葉やタイミングを間違えると子どもに悪影響を与えてしまう。サクラは自分の言動が子どもたちの未来にどう影響を与えるのかを真剣に考えるようになった。

ある日、サクラは子どもたちと一緒にお絵かきをすることに決めた。壁に大きな画用紙を貼り、それぞれが自由に絵を描くという遊びだ。サクラは、「上手だね！」と子どもたちをほめる代わりに、彼女自身も絵を描きながら、子どもたちに「どんな絵を描きたい？」と声をかけた。「それ、どうして描いてるの？」と興味を持って尋ねた。

子どもたちは、絵を描くことに夢中になりながらも、サクラの言葉に少しずつ変化を感じていった。自分がどんな絵を描きたいのか、どう感じているのかを自分で考えるようになった。

その夜、サクラは寝室でハルに尋ねた。「ねえ、今日はどうだった？お絵かき楽しかった？」

ハルは少し考えた後、にっこりと笑って言った。「楽しかった。ママも一緒に描いてくれて、嬉しかったよ。」

サクラはその言葉を聞いて、胸が温かくなった。彼女が今まで感じていた不安や悩みは、少しずつ解消されていくような気がした。

子どもたちは、サクラがどんな言葉をかけるか、どんな反応を示すかをしっかりと感じ取っている。そして、サクラもまた、子どもたちの気持ちを尊重することが、最も大切なことだと実感していた。子どもたちを育てることは、ただ「いい子」を作ることではなく、それぞれの個性を尊重し、心の中で本当にやりたいことを見つける手助けをすることだと。

「私、もっとちゃんと育てていきたい。みんなが幸せになれるように。」サクラは、そう心に決めた。

育児は確かに難しいけれど、サクラは子どもたちと共に、少しずつ学んでいくことで、心から幸せを感じられるようになるのだと信じていた。