陽だまりの家

春秋花壇

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自分を描く時間

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自分を描く時間

「見て!ミク、丸が描けた!」ハルの声に、サクラはリビングからそっと顔を出した。長女のハルは、次女のヒナと一緒に、テーブルの上に広げられた白い紙にクレヨンで何かを描いている。

ミクはまだ2歳になる前だが、いつの間にか小さな手でしっかりとした丸を描いていた。サクラが近づくと、ミクは嬉しそうに目を輝かせて、描いたばかりの丸を指差した。

「ミクも丸、描けたね!」サクラは微笑みながら、ミクの手を取ってぎゅっと握った。ミクは小さな指でクレヨンを握りしめ、初めて自分で描いた形に満足そうな顔をしていた。

「すごいね、ミク。今度はもっと大きな丸を描いてみようか?」サクラは優しく提案した。

ミクは首をかしげながらも、もう一度クレヨンを握って、今度は少し大きな丸を描き始めた。次女のヒナは、それを見て自分も負けじとクレヨンを取って、さらに大きな丸を描こうとした。

「私も大きな丸描けるよ!」ヒナは自信満々に言った。

サクラは、子どもたちが絵を描くその瞬間に感じる充実感に思わず胸が温かくなった。絵を描くことは、ただの遊びや楽しみではなく、子どもたちの成長においてとても重要な過程だとサクラは理解している。特に、丸を描けるようになるというのは、子どもが物の形を捉え、手を使って表現する力がついてきた証拠だ。

そのことを思うと、サクラは自分もまた絵を通じて、何かを感じることができるのではないかと考え始めた。子どもたちが成長していく姿を見ることで、サクラ自身も何かを描きたくなった。

サクラはしばらく静かに見守っていたが、ふと思いついて自分用のカレンダーを作ることを決めた。彼女は、子どもたちと一緒に過ごす日々の中で、少しずつ自分の気持ちを整理し、自分の存在を再確認する必要があると感じていた。精神的に辛い時期が続いていたが、今こそ自分を大切にする時間が必要だと思った。

「みんな、ちょっと待っててね。」サクラは子どもたちに声をかけて、台所の引き出しから白い紙とクレヨンを取り出した。小さなカレンダーのようなものを作り、そこに毎日自分が感じたことや出来たことを書き込んでいこうと思った。

最初にサクラが描いたのは、自分の手を示す丸だった。丸を描くことは簡単で、そして難しいことでもある。最初はただの線や点だったものが、少しずつ意味を持つようになる。その手のひらの形、指の一本一本を認識しながら描くことが、自分自身の存在を確かめる瞬間だった。

サクラは、自分の手で描いた丸を見て、しばらくそのまま紙を見つめた。心の中で、こんな単純な絵を描くことが、自分を励ますことになるとは思ってもみなかった。

「今日はこれをやってみた。明日は何を描こうか。」サクラは心の中でつぶやきながら、丸を描き続けた。毎日自分に向き合うことで、少しずつ自己受容ができるようになると信じていた。

その夜、子どもたちが寝静まった後、サクラはまた自分のカレンダーに目を落とした。最初に描いた丸を見つけると、少し胸が熱くなる。思い返せば、あの時はただ丸を描いたという単純な行動だった。しかし今、自分がどれだけその丸に意味を込めていたかに気づく。

「明日はもっと大きな丸を描こう。」サクラは静かな夜に呟き、クレヨンを握った。

子どもたちは毎日、少しずつ絵を描き、丸を描いていく。その一つ一つが、彼らの成長の証だ。そしてサクラもまた、毎日少しずつ自分を描き続けることで、過去の痛みや不安を乗り越えていくのだろう。

丸を描くことは、ただの遊びではない。それは自己肯定感を育むこと。サクラはそのことを心から理解していた。







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