陽だまりの家

ハルの言葉

ハルの言葉

ハルは6歳。来年の春には小学校に入学する。サクラにとって、それは嬉しくもあり、不安でもある出来事だった。

ハルは幼稚園や保育園には通っていない。代わりに、サクラが連れていく図書館や児童館、公園で他の子どもたちと遊ぶ機会を作っていた。しかし、それだけでは十分ではないのではないか、と最近感じるようになっていた。

毎週のクリスチャンの集会での話も影響していた。そこでは、保育園や幼稚園に入れることをあまり勧めていない。家庭での教育や信仰を重視する考え方だ。

「でも、ハルにとってそれが本当に良いのかしら……」

サクラは考え込むようになった。ハルは賢い子だと思う。でも、妹たちとの会話では幼稚な赤ちゃん言葉を使うことが多い。それが、このまま小学校に入学したときにどう影響するのかが心配だった。

不安を解消するため、サクラは教育委員会に相談し、近所の小学校の授業に参加させてもらえる機会を得た。

「お母さんも一緒にどうぞ」と言われ、サクラはハルと一緒に1年生の国語の授業を見学することになった。

授業では、形容詞を使った文章作りの練習が行われていた。先生が「青い空」「暖かい風」といった例を挙げ、生徒たちに自由に言葉を作らせていた。

子どもたちの発表を聞くうち、サクラは驚かされた。
「キラキラ輝く星」
「ふんわり柔らかい布団」
「カチカチに凍った氷」

小さな子どもたちが、こんなにも豊かな表現力を持っていることに感心すると同時に、ハルがそれに追いつけるのかという不安が胸をよぎった。

授業の後、サクラはハルにどう感じたか尋ねた。
「難しかったけど、面白かった！」と、ハルは目を輝かせて答えた。

その言葉を聞いて少し安心したものの、家に帰るとサクラは再び悩み始めた。

「語彙力が足りないのかしら。それとも、もっと本を読ませるべき？」

サクラは、クリスチャン会衆の幼児向けプログラムを思い出し、聖書通読をハルと一緒に始めてみることにした。すると、驚いたことに、ハルはあっという間に小学2年生程度の文章をすらすらと読めるようになった。

しかし、サクラの心に残るのは別の問題だった。

「ここで伸ばすべきはIQじゃない。EQ、心の知能指数よ。」

ネットで「子どものEQを高める方法」を検索しながら、サクラは右往左往していた。読めば読むほど、何が正解なのか分からなくなっていく。

そんなある日、サクラがまたスマホを片手に調べ物をしていると、ハルが近づいてきた。

「ママ、何してるの？」
「ハルのために、どうすればもっと良くなるかを考えてるの。」
「でも、ママは大切なことを忘れてるよ。」

ハルの言葉にサクラはハッとした。
「大切なことって、何？」

ハルは小さな手でサクラのスマホをそっと押し下げると、真剣な顔で言った。
「ハルはね、ママが一緒に笑ってくれるのが一番嬉しいの。」

その瞬間、サクラは頭を殴られたような気がした。どれだけ情報を集めても、どれだけ計画を立てても、大切なものを見失ってはいけない。

「ごめんね、ハル。」サクラはハルをぎゅっと抱きしめた。「ママ、ちょっと焦りすぎてたみたい。」

その日の夜、サクラはスマホを脇に置き、ハルたちと一緒にお絵描きをした。ハルの描いた絵には、家族みんなが大きな笑顔を浮かべていた。

「これが大切なことだね。」サクラはそうつぶやいた。

未来に向けての準備は必要だけれど、今この瞬間を大切にすること。それこそが、ハルにとって、そして家族にとって一番大事なことだとサクラは改めて気づかされたのだった。