陽だまりの家

人と人をつなぐ鍋料理

人と人をつなぐ鍋料理

最近のサクラの家は、少しずつ変わり始めていた。週に一度、団地内の独居老人を家に招き、子どもたちと一緒に鍋料理を囲む時間を作るようになったのだ。

「お母さん、今日は誰が来るの？」
6歳の長女ハルが、鍋の準備を手伝いながら聞いてきた。

「今日は、山田さんと田中さん、それから鈴木さんよ。みんなおじいちゃんおばあちゃん。」
「また田中さんの話聞けるの？この前の電車の話、面白かった！」とハルは楽しそうに笑う。

サクラは微笑みながら、ハルの様子を見つめた。こうした交流が、子どもたちにとっても良い経験になっていると思える瞬間だった。

今日の鍋料理は、シンプルな寄せ鍋。白菜や豆腐、鶏団子、そしておじいちゃんおばあちゃんが持ってきてくれる野菜をたっぷり入れる予定だ。鍋料理はみんなで手を伸ばしてつつけるから、自然と会話が弾むのが良い。

夕方になると、招いた3人が時間通りにやってきた。それぞれ小さな袋に野菜や果物を持参していて、子どもたちは「ありがとう！」と元気よくお礼を言う。

「いやいや、こちらこそありがとうね。こんなにぎやかな家に招いてもらえるなんて嬉しいよ。」
山田さんがにこにこしながら、持ってきた大根をサクラに手渡す。

鍋がぐつぐつ煮える間、みんなでリビングでおしゃべりを楽しむ。田中さんが昔の仕事の話をすると、子どもたちは目を輝かせて聞き入る。

「おじいちゃん、昔は電車の運転手だったの？」とハル。
「そうだよ。何千人もの人を運んだんだぞ。」
「すごい！かっこいい！」

4歳の次女ヒナと2歳の三女ミクも、田中さんの話に興味津々だ。

鈴木さんは子どもたちにあやとりを教えてくれた。「こうやってね、糸をこう引っ張るのよ。」鈴木さんの指が器用に動くと、糸がきれいな形を作り出す。それを見た子どもたちは目を輝かせ、真似しようと一生懸命だ。

「ママ、見て！できた！」ヒナが見せたのは、少し歪な形の「はしご」だった。
「すごいわね、ヒナ。上手よ！」サクラは優しくほめる。

そして鍋が煮えると、みんなでテーブルを囲む。湯気が立ち上る鍋の中から具材を取り分けながら、笑顔が絶えないひとときが続く。

「この鍋、本当においしいね。サクラさんの味付け、優しい味がする。」
山田さんの言葉に、サクラは少し照れながら答える。
「ありがとうございます。でも、みんながこうして一緒に食べてくれるから、おいしくなるんですよ。」

子どもたちも大人たちの話を聞きながら、もくもくと鍋を食べている。その姿を見て、サクラは心が温かくなるのを感じた。

食後には、鈴木さんが童謡を歌い始め、子どもたちも一緒に歌い出した。
「♪しゃぼんだま飛んだ～♪」

3人のおじいちゃんおばあちゃんが子どもたちと声を合わせて歌うその光景に、サクラは思わず目頭が熱くなった。

「こういう時間があってよかった。」

サクラは心の中でそうつぶやいた。

彼女の家は今、精神障碍者年金と生活保護で生活している。決して余裕のある暮らしではない。それでも、こうして少しでも地域に恩返しができることが嬉しかった。

人と人がつながる縦と横の糸。それを織り合わせていくことで、きっと強い絆ができていくはずだ。サクラはそう信じている。

子どもたちが、この日々を通して誰かを思いやる心や、respectを自然と身につけてくれたら、それが何よりの幸せだと思えた。

「また来週もやりましょうね。」
「ぜひぜひ。こちらが楽しみなんだから。」

帰り際に笑顔で話す老人たちを見送りながら、サクラは次回のメニューを何にしようかと考えていた。

「やっぱり、鍋料理はいいね。」
彼女のつぶやきが、静かな夜に溶けていった。