陽だまりの家

どうして飛行機は落ちないの？

「どうして飛行機は落ちないの？」

サクラは窓の外をぼんやりと見つめながら、カップを手に取った。外の景色は灰色の雲に覆われていて、今日も雨が降り続いていた。彼女は最近、心が重くて、何をしても集中できない。家の中では、子供たちが元気に走り回っている音が響いている。サクラはその音が心地よいと感じると同時に、どこかで自分の疲れが増していくのを感じていた。

「サクラさん、大丈夫？」と、ふと声をかけてきたのは、サクラの友人であり、近所に住む恵子だった。

サクラは軽く微笑みながら、「うん、ありがとう。でもちょっと疲れてるかも」と言った。恵子は彼女の肩を軽く叩き、無言でその隣に座った。

「私、今、ちょうど仕事を探してるんだけど、サクラさんも元気を取り戻すために何か始めた方がいいんじゃないかなって思う。今はリハビリ中でしょ？」

サクラは黙っていた。リハビリを始めてから、確かに少しずつ体調は良くなっているが、心の中ではまだ深い闇が消えない。夫の死後、サクラはうつ病にかかり、三人の小さな子供たちを育てるのが精一杯だった。それでも、子供たちがいるからこそ、日々を何とか乗り越えてきた。

そのとき、サクラの耳に聞こえたのは、ハルの声だった。

「お母さん、ちょっと見て！飛行機が飛んでる！」

サクラは目を向けると、窓の外に飛行機が通過するのが見えた。ハルはその飛行機をじっと見つめ、何か考え込んでいる様子だった。

「お母さん、飛行機ってどうして空に浮かんでるの？」と、ハルが質問してきた。

サクラは少し驚いた。ハルはまだ6歳だが、最近はよく難しい質問をしてくるようになった。サクラは少し考え、優しく答えた。

「飛行機が空を飛ぶのはね、重さを分ける力が働いているからだよ。空気の力で浮かんでいるんだ。」

ハルは首をかしげながら、次の質問を投げかけた。

「じゃあ、どうして飛行機は落ちないの？だって、積み木とかリンゴは落ちるのに…」

サクラは少し考えた。確かに、飛行機が空に浮かぶ理由を子供に簡単に説明するのは難しい。だけど、この質問をきっかけに、サクラは何かを思いついた。

「うーん、飛行機が落ちないのは、飛行機が飛ぶために特別な形をしているからだよ。飛行機の羽はね、上に向かって空気を押し出すんだけど、その空気が下に向かって押し返す力を作るんだ。その力が飛行機を持ち上げるの。」

ハルは納得したように頷き、さらに別の質問をした。

「じゃあ、お母さんはどうしていつも元気がないの？飛行機みたいに空に浮かんで、元気にならないの？」

その言葉にサクラは少し戸惑った。ハルの問いかけは、思いもよらぬ方向に進んでしまった。サクラは黙って窓の外を見つめ、何か言葉が浮かぶのを待っていた。心の中で、ハルの純粋な言葉が胸に突き刺さった。

「元気がない理由…」とサクラはゆっくりと口を開いた。「それはね、お母さんもまだ、いろいろと心の中で戦っているから。うつ病っていう病気にかかってるんだ。」

ハルは小さな目を丸くして、それでも「でも、お母さんも飛行機みたいに空に浮かべるんじゃない？」と言った。その言葉に、サクラは思わず涙がこぼれそうになった。こんな小さな子供が、どれほど無邪気に心を開いているのだろうかと、彼女は痛感した。

「飛行機みたいに、ね。」サクラは微笑みかけると、「でも、お母さんも少しずつ元気になるから、心配しないでね」と言った。

その後、ヒナとミクも部屋に入ってきて、賑やかな時間が戻ってきた。ヒナはイヤイヤ期が少しずつ終わりを迎え、おもちゃを片付けるのを手伝ってくれるようになっていた。ミクは相変わらずお母さんの後ろを追いかけて、どこでもついてくる。

サクラは子供たちの無邪気な笑顔を見ながら、心の中で誓った。必ず元気を取り戻して、子供たちにもっと笑顔を見せられるようにしようと。彼女にはまだ道のりは長いかもしれないけれど、飛行機のように空を飛ぶことができなくても、一歩ずつ前に進んでいこうと思った。

「お母さん、飛行機みたいに空に浮かぶってどういうこと？」ミクが突然、サクラの背中に抱きつきながら質問した。

「それはね、お母さんがもっと元気になったら、飛べるってことだよ。」サクラは優しく答えた。

その言葉を聞いて、ミクは笑顔で、「お母さん、元気になったら飛んでいけるね！」と楽しそうに言った。

その瞬間、サクラは心から思った。いつか、飛行機のように空に浮かぶ日が来ることを信じて、彼女は前を向き続けるのだと。