陽だまりの家

焼き餃子の夜

「焼き餃子の夜」

サクラは一息ついて、冷凍庫を開けた。今日はちょっと特別な夕食にするつもりだ。冷凍庫の奥には、買っておいた「餃子の王将」の冷凍餃子がある。スーパーでたまたま安売りしていた時に買ったものだが、心のどこかで「非常時用」だと思って手を付けられずにいた。

最近は、豆苗やもやし、節約料理が続いている。食材の値段も上がっているから、どうしても同じようなメニューになりがちだ。子どもたちも、それには少し飽きてきたらしい。食卓に並べると決まって長女のハルが、「また豆苗？またもやし？」と、ちょっとした不満を漏らす。

今日は、冷凍餃子を焼くことに決めた。久しぶりの焼き餃子。自分でも「手抜き」と思われたくない気持ちはあるが、子どもたちが喜んでくれればそれでいい。料理をするたびに、心の片隅で「ちゃんとお母さんをやれているだろうか？」という不安が消えないが、今日はそんな気持ちを振り払って、餃子を焼こうと思った。

サクラはフライパンに油をひいて、少しの水を加えて蓋をした。ジュワッという音が響き、餃子がパチパチと音を立て始める。キッチンに立っていると、思い出がいくつも浮かんでくる。亡き夫と一緒に、子どもたちと囲んだ食卓のこと、家族で笑い合った何気ない日常が蘇ってくる。

「ママ、おなかすいたー！」

次女のヒナが、駆け足でキッチンにやってきた。4歳の彼女は最近まで「いやいや期」だったが、少しずつ落ち着き始めている。サクラはにっこり微笑んで「もうすぐできるからね」と答えた。

「今日はね、焼き餃子だよ。いつもとは違う餃子だから、きっとおいしいよ」

ヒナは目を輝かせ、歓声をあげてリビングに駆け戻っていった。長女のハルも、三女のミクも、リビングで楽しそうに絵を描いている。三人とも、母親の変化にすぐ気が付いたようで、キッチンから漂う香ばしいにおいに気を取られている。

焼き餃子ができあがる

サクラはフライ返しを持って、ちょうどいい焼き色になった餃子をフライパンから取り出し、大皿に並べた。カリッとした香ばしい皮が食欲をそそる。小皿に醤油と酢を少し混ぜ、子どもたちの分をテーブルに置くと、すでに三人は席に着いて「まだ？」とソワソワしていた。

「さあ、焼き餃子だよ。いただきますって言ってから食べてね」

みんなで「いただきます」と手を合わせ、待ちに待った焼き餃子に手を伸ばす。長女のハルは、少し慎重にお箸で持ち上げて小さくかじる。

「わあ！ママ、カリカリでおいしい！」

ヒナも続いて「あつあつでおいしい！」と笑顔を見せ、三女のミクは少し口をヤケドしながらも一生懸命に食べている。サクラはその様子を見て、心から安堵した。たったひと皿の焼き餃子が、こんなにも子どもたちを喜ばせてくれるとは思わなかった。

母親としての心の葛藤

食卓で子どもたちが嬉しそうに食べる姿を見ていると、サクラは自分が少しずつ「お母さん」になれているのかもしれない、と思えるようになった。精神障害年金と生活保護での生活は決して裕福ではないし、手作りのものが多いから「お金をかけた料理」などはほとんどできない。それでも、今日は市販の冷凍食品がもたらしてくれた小さな幸せが、サクラの心を少し軽くした。

サクラは「お母さんでいられること」そのものが、子どもたちにとってどれほど大切なのかを改めて実感した。たとえ十分なお金がなくても、豪華な食卓ではなくても、こうして自分の手で子どもたちのご飯を作って食べさせられる幸せがあることに気づいたのだ。

その夜、子どもたちを寝かしつけると、サクラは少しの間、自分のためにお茶を入れて一息ついた。日中、忙しさに追われる中ではなかなか気づけないこともある。けれど、今日の焼き餃子のように、ほんの些細なことが生活の中で大きな意味を持つこともあるのだ。

明日もまた、新しい一日が始まる

サクラはキッチンを片付けながら、次に何を作ろうかと考えていた。生活はまだまだ大変だが、ひとつひとつの瞬間を大切に、そして子どもたちと笑い合える日常を少しでも増やしていきたいと心から思った。

明日はまた豆苗かもしれないし、もやしのおかずかもしれない。子どもたちは「またこれ？」と言うかもしれないが、それもまた家族の味だ。

サクラは冷凍餃子のパッケージを捨て、軽く微笑んだ。「また、頑張ろう」。