陽だまりの家

春秋花壇

文字の大きさ
上 下
49 / 59

睡眠障害

しおりを挟む
睡眠障害

夜の静けさが重くサクラの周りに広がっていた。部屋の中は暗く、3人の娘たちはすでに寝静まっている。サクラは布団の中に横たわりながら、眠りに落ちるのを待っていた。しかし、最近は寝つきが悪く、眠れたとしてもすぐに悪夢に襲われることが多かった。特に、夫を失ってからというもの、うつ病が彼女を苦しめ、悪夢の頻度が増していた。

その夜も、いつも通りサクラは深い眠りに落ちた――そして、すぐに夢の中で恐ろしい場面に出くわした。

***

夢の中、サクラは見知らぬ場所に立っていた。暗く、薄汚れた公園のような場所だった。辺りは湿った空気に包まれ、木々は不気味にざわめき、足元にはどこからともなく霧が漂っている。視界はぼんやりしており、心臓が速く鼓動を打つのが感じられた。

「ヒナ!」彼女は3歳の次女を必死に呼んだ。しかし、返事はない。胸が締め付けられるような感覚に襲われ、サクラは周囲を見回しながら、焦りと恐怖が増していくのを感じた。ヒナはどこだろう?一緒にいたはずなのに、突然いなくなってしまった。

サクラは公園の中を走り回った。足が地面に吸い込まれるような感覚で、まるで泥の中を走っているようだ。呼吸が苦しくなる。暗闇の中で「ヒナ!」と何度も叫んだが、反応はない。夢だとわかっているはずなのに、そのリアルさが彼女を絶望へと導いていく。

「どこにいるの?ヒナ!」彼女の声は次第に涙で震え始めた。

すると、遠くでかすかに笑い声が聞こえた。それは確かにヒナの声だ。サクラはその音を頼りに、さらに先へと進んだ。だが、どれだけ走っても、声は遠ざかるばかりで、一向にヒナの姿は見えない。目の前に広がるのは無限に続く暗闇と不気味な霧。恐怖が身体を支配し、冷たい汗が背中を流れ落ちた。

突然、足元に何かがぶつかった。彼女が下を見下ろすと、それは小さなヒナの靴だった。泥で汚れたその靴を見た瞬間、彼女の胸は凍りついた。

「いや……いや!」サクラは叫びながら、辺りを見回す。だが、その瞬間、景色が一変した。彼女は今、家のリビングに立っている。だが、そこにも不吉な静寂が漂っていた。家具は薄暗い影の中に沈み、家全体が彼女を押しつぶすかのように重々しかった。

「ミク……」サクラは1歳の三女の名前をかすれた声で呼んだ。彼女はリビングの片隅に置かれたベビーベッドに目を向けた。ベビーベッドの中には小さなミクが静かに眠っているように見える。しかし、サクラはすぐに異変に気づいた。

ミクは動かない。いつもは寝ている時でも小さく体を動かし、夢の中で手足をばたつかせることが多いのに、今はまるで人形のように静止している。

「ミク?」サクラは震える手でベビーベッドに近づき、小さな体に触れた。その瞬間、彼女の胸は押しつぶされるような痛みに襲われた。ミクの体は冷たく、固くなっていた。

「いや……いやだ!」サクラは悲鳴を上げながら、ミクの体を揺さぶった。「ミク、起きて!お願い、起きて!」

だが、ミクは動かない。彼女の小さな顔は、まるで眠っているかのように穏やかだが、その命はすでに失われていた。サクラは崩れ落ち、無力感が全身を支配する。泣き叫んでも、何も変わらないという現実が彼女を打ちのめした。

その瞬間、再び視界がぼやけ、世界がぐるぐると回り始めた。サクラは頭を抱えながら、どこにいるのかもわからなくなっていく。暗闇が彼女を飲み込んでいく中で、ただ恐怖と悲しみが渦巻き、心が引き裂かれそうな感覚に襲われた。

***

「ママ!起きて!」突然、現実に引き戻されるように、サクラは目を覚ました。目の前には、5歳の長女ハルが不安そうな顔で彼女を見つめていた。

「ママ、怖い夢見てたの?」

サクラはハルの顔を見ながら、心臓が激しく鼓動しているのを感じた。汗でびっしょりになり、呼吸は荒れていた。夢が現実だったかのように、恐怖がまだ胸に残っている。

「うん……ごめんね、起こしちゃって。」サクラは弱々しく微笑み、ハルの頭を優しく撫でた。

「大丈夫?」ハルは小さな手でサクラの手を握り、安心させようとするように言った。

「うん、大丈夫。ママ、ちょっと怖い夢を見ただけ。」サクラはそう言って、深呼吸をしたが、夢の中の感覚はまだ鮮明に残っていた。ヒナがいなくなってしまう恐怖や、ミクの冷たくなった体の感触。それらは全て夢だとわかっていても、心の奥底に突き刺さるような現実感があった。

その後、サクラは静かに立ち上がり、子供たちが無事に眠っているのを確認した。ヒナもミクも、スヤスヤと安心した表情で眠っている。その光景に、サクラはほんの少しだけ心が軽くなるのを感じたが、それでも悪夢の残像が消えることはなかった。

「ママは強くならなきゃ……」彼女は自分に言い聞かせた。子供たちのために、どれだけ恐ろしい悪夢に襲われても、現実の世界で彼女は母親としての役割を果たさなければならない。それが、亡き夫との約束でもあった。

サクラはベッドに戻り、再び眠りにつこうとしたが、まだ心の奥底に悪夢の余韻が残っていた。しかし、彼女はそれでも目を閉じた。明日もまた、子供たちと共に歩んでいくために。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

生意気な女の子久しぶりのお仕置き

恩知らずなわんこ
現代文学
久しくお仕置きを受けていなかった女の子彩花はすっかり調子に乗っていた。そんな彩花はある事から久しぶりに厳しいお仕置きを受けてしまう。

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

妊娠したのね・・・子供を身篭った私だけど複雑な気持ちに包まれる理由は愛する夫に女の影が見えるから

白崎アイド
大衆娯楽
急に吐き気に包まれた私。 まさかと思い、薬局で妊娠検査薬を買ってきて、自宅のトイレで検査したところ、妊娠していることがわかった。 でも、どこか心から喜べない私・・・ああ、どうしましょう。

処理中です...