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ジュリアンのその後

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ジュリアンのその後

フランス革命の嵐が収まり、時が流れた。ジュリアン・シャルルの名は、もはや誰の耳にも届くことはなかった。彼はその後、革命の暴力的な余波に飲み込まれ、姿を消した。誰も彼の行方を知らず、アントワネットもまた、彼のことを思い出す度に胸が痛んだ。彼の愛は、彼女にとって永遠に消えぬ足跡となった。

だが、ジュリアンの命はその後、意外な形で再びフランスの歴史に現れることとなった。

数年後、1795年。

ジュリアンは、革命後の混乱を避けるために身を隠しながら過ごしていた。彼が逃げた先は、北フランスの小さな村。名を変え、身分を隠しながら、農夫として働き、地元の人々にはただの平凡な若者として暮らしていた。だが、心の中には王妃のことがいつもあった。あの日、彼が彼女に捧げた無償の愛は、彼を支え続けた。

ジュリアンは今もあの日のことを忘れられない。アントワネットが彼の言葉を受け入れた瞬間の彼女の表情、そしてその後に彼がした最後の行動。あの日、彼の命がどうなろうと、心の中で決して後悔はしなかった。しかし、時折彼は考えることがあった。もし自分がそのまま王妃に仕え続けていれば、どんな人生を歩んだのだろうかと。

その日の夜、村に突然、革命派の兵士たちがやって来た。ジュリアンは身を固くして隠れる場所を探すが、兵士たちは村の家々を一軒一軒訪れ、過去の反革命者を探していた。ジュリアンが最も恐れていた瞬間が訪れたのだ。彼は過去を隠し通してきたが、その秘密が今、暴かれようとしていた。

だが、その時、村の年老いた女性が彼を助けるために前に出た。彼女は革命の初期に王政を支持していたが、その後は革命の理想を信じて共に戦った者だった。彼女は兵士たちに言った。

「この若者は、私の息子のような存在だ。彼は反革命者ではない。彼に罪をかぶせることはできない。」

兵士たちはしばらく黙っていたが、結局、ジュリアンはその夜を無事に乗り越えた。彼はその後も村でひっそりと暮らし、農作業を続ける日々が続いたが、心の中では常に王妃のことを考えていた。

ある日、ジュリアンの前に、一人の見知らぬ男が現れた。彼はフランス革命の残党であり、復讐の機会を狙っている者だった。男はジュリアンを試すように言った。

「君はまだ王政を望んでいるのか?革命を起こし、ルイ16世の復位を願っているのか?」

ジュリアンはその質問に答えなかった。彼はただ黙っていた。王政が再び復活することを望むことはなかったが、彼が心の中で願っていることはただ一つだった。それは、アントワネットが幸せを見つけることだけだった。

そして、1799年。

ジュリアンの前に再び革命の嵐がやってきた。ナポレオン・ボナパルトの台頭により、フランスは新たな時代を迎えようとしていた。ジュリアンはその時、どこかでアントワネットの運命が変わったことを感じ取った。彼女が生きているならば、今どこで何をしているのかを知りたくなった。

ある日、ジュリアンはパリに向かう決意を固め、ついに長い年月を経て彼女を探しに行った。だが、パリに到着した彼が最初に目にしたのは、革命の遺産として廃墟となったテュイルリー宮殿の跡だった。アントワネットの姿はもはやそこにはなかったが、ジュリアンは自分の足で宮殿の跡地を歩き、彼女が生きた証を感じようとした。

そのとき、彼は偶然にも一冊の本を手に入れた。それは、アントワネットの死後に出版された彼女の回想録だった。その本には、王妃がどれだけ孤独であったか、そして革命の中でどれだけ苦しんでいたかが記されていた。その中には、ジュリアンの名は記されていなかったが、彼女が生きていた証と、彼の想いがどれだけ深かったのかが綴られていた。

ジュリアンは本を握りしめ、涙をこぼした。その涙は、彼がずっと抱えてきた重荷が少しずつ解けていく瞬間でもあった。そして彼は思った。この手紙が彼女に届くことはなくても、彼女が心の中で感じていたことを、ジュリアンは知ることができた。

彼は再び村に戻り、静かな暮らしを続けたが、もう二度と心から孤独を感じることはなかった。アントワネットが彼の愛を知っていたこと、それが彼にとっての安らぎとなり、最期の時まで彼はその愛を胸に秘めて生きた。

そして、ジュリアン・シャルルの名は、革命の波に埋もれたままとなり、誰も知ることはなかった。それでも、彼が捧げた愛の足跡は、ひとりの王妃にとって、永遠に残る光となった。







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