春秋花壇

春秋花壇

文字の大きさ
上 下
680 / 693

霜寒(そうかん)

しおりを挟む
霜寒(そうかん)

冬の朝、町は白い霧に包まれていた。小さな田舎町に住む宮村透(みやむらとおる)は、寒さが厳しいこの季節を「霜寒」と呼ぶのが好きだった。霜が草や木を覆い、どこか神秘的な静けさが広がる様は、彼の心を落ち着かせる。

透はこの町の郵便配達員だ。幼いころから町を出たことがない彼にとって、この小さな世界が全てだった。凍てつく空気の中、自転車を漕ぎながら郵便物を届ける毎日は単調だが、透にはそれが心地よかった。

「宮村さん、おはようございます。」
いつも通りのルートを回っていると、顔なじみの古川さんが庭先で声をかけてきた。古川さんは80歳を過ぎた一人暮らしの女性で、透のルートの中で最も親しい存在だ。

「おはようございます、古川さん。寒いですね。」
透は微笑んでポストに手紙を入れた。

「本当に。今年は特に寒い気がするわね。でも、こうやってあなたが来てくれると、少し温かく感じるのよ。」
古川さんの言葉に、透は照れくさく笑いながら手を振り、次の家へと向かった。

その日の午後、透は山間部の一軒家に郵便を届けに行った。そこに住むのは新しく越してきた若い女性だった。名前は「神崎沙織(かんざきさおり)」。都会から移住してきたと聞いていたが、透はまだ彼女と話したことがなかった。

玄関前に立ち、チャイムを押すと、中から少し遅れて足音が近づいてきた。

「はい、どちら様ですか?」
扉が開くと、沙織が顔を出した。彼女は20代半ばと思われる年齢で、薄手のセーターに包まれた体が寒さに震えていた。

「郵便です。こちら、神崎さん宛のお手紙です。」
透が手渡すと、沙織は笑顔を見せた。

「ありがとうございます。宮村さんでしたよね?毎日ご苦労さまです。」

透は少し驚いた。名前を覚えてくれているとは思っていなかったからだ。

「いえ、仕事ですから。それに、こういう静かな場所での配達は嫌いじゃないです。」
そう言うと、沙織は少し笑った後、真剣な表情になった。

「宮村さん、この町にずっと住んでいらっしゃるんですよね?この辺りのこと、色々教えてもらえませんか?」

透は一瞬戸惑った。だが、彼女の真摯な眼差しに、自然と頷いていた。

それから数週間、透は沙織に町のことを少しずつ教えるようになった。彼女は都会の喧騒から離れ、この静かな町で新たな生活を始めたいと思っていたのだという。

「宮村さん、霜寒って素敵な言葉ですね。」
ある日、二人で町外れの霜に覆われた木立を歩いていると、沙織がそう口にした。

「都会にはない静けさがありますね。この冷たさの中にも、何か温かいものを感じます。」

透はその言葉を聞いて、自分がこの町を好きな理由を改めて実感した。

しかし、その平穏な日々に、突然の知らせが届いた。

沙織が体調を崩し、都会の病院に戻ることになったという話だった。彼女が住んでいた家は空き家になり、透はそこに郵便を届けることもなくなった。

寒さが一層厳しくなった冬の終わり、透は彼女が残した言葉を思い出していた。「霜寒の中に温かさを感じる」という沙織の言葉は、彼の心に深く刻まれていた。

透は再び郵便の仕事を続ける中で、この町の静けさの中に隠れた温かさを、沙織が教えてくれたような気がしていた。

霜寒の朝、白い息を吐きながら自転車を漕ぐ透の背中には、静かな決意が漂っていた。この町で、これからも大切なものを守り続けようと。

【終】







しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

注意欠陥多動性障害(ADHD)の日常

春秋花壇
現代文学
注意欠陥多動性障害(ADHD)の日常

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

生きる

春秋花壇
現代文学
生きる

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

「俺は小説家になる」と申しております

春秋花壇
現代文学
俺は小説家になる 語彙を増やす 体は食べた・飲んだもので作られる。 心は聞いた言葉・読んだ言葉で作られる。 未来は話した言葉・書いた言葉で作られる。

落ち込んでいたら綺麗なお姉さんにナンパされてお持ち帰りされた話

水無瀬雨音
恋愛
実家の花屋で働く璃子。落ち込んでいたら綺麗なお姉さんに花束をプレゼントされ……? 恋の始まりの話。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...