春秋花壇

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竈猫

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竈猫

冬の夜、古びた家の中はひんやりとしていた。隅々まで浸透する寒さに、竈の火も心なしか弱まっているように感じられる。台所の隅に置かれた大きな竈は、かつてこの家の命とも言える存在だった。しかし今は、もうほとんど使われることはない。だが、それでも何かしらの温もりを感じさせる不思議な存在だった。

その竈の前で、黒い毛並みの猫が丸くなって眠っていた。名は「月(つき)」といい、町の人々には愛されているが、どこから来たのか、どうしてここにいるのかは誰も知らなかった。月は、ある日突然この家に現れ、竈の横で丸くなって寝始めた。そして、それ以来、家の中で見かけることが多くなった。

月の毛並みは光沢があり、目は輝いている。何か神秘的なものを感じさせるその存在は、家の中でまるで精霊のように動いていた。人々はこの猫を「竈猫(かまねこ)」と呼び、特別な存在として敬うようになった。誰かが火を使っていると、月は必ず竈の前に現れ、静かに見守るように座っていた。

ある寒い晩、町に大きな雪が降り始めた。その日は特に冷え込みが厳しく、家の中にいるときでも寒さが体に染み込むようだった。年老いた女、千代(ちよ)は竈の前で薪をくべながら、久しぶりに月のことを思い出していた。

「月、どこにいるんだろうね?」千代はぼんやりと呟きながら周りを見渡した。月の姿が見当たらないことに気づき、少し不安になった。

そのとき、ふと背後でかすかな音がした。振り返ると、いつの間にか月が竈の前に現れていた。黒い体を丸めて静かに座っている。その目は、まるで千代を見つめているようで、静かな温もりを感じさせる。

「月…お前、どうしてこんな寒い夜に出てきたんだ?」千代は微笑みながら月に近づき、そっと手を伸ばして撫でた。その手に触れた月の毛は、予想に反して温かく、まるで竈の火を感じるようだった。

月は目を細めて、心地よさそうに千代の手のひらに顔を押し当てた。その姿に、千代の胸の奥で温かな何かが広がっていくような気がした。

その夜、雪は一層激しく降り続け、家の窓に霜が張り始めた。千代は竈の火を少し強め、暖かいお茶を淹れる準備をした。月はその足元で静かに座り込み、千代が作業をしている間もじっと見守るようにしている。

「お前も寒いだろう?」千代は月に話しかけながら、お茶の準備を進めた。「一緒に温かいお茶を飲もう。」

その言葉に、月はちょっとだけ首をかしげるような仕草を見せた。まるで理解しているかのように、千代の手から放たれるお茶の香りに鼻をひくひくと動かしている。

千代が茶碗を取り、湯気が立ち上る温かな飲み物を手に取ると、月は再び竈の前で丸くなり、目を閉じた。まるでそれが月の役割であるかのように、千代がどんなに手を動かしても、月は竈の前から離れることはなかった。

その夜、千代は静かに考えていた。月がどこから来たのか、なぜこの家に住み着いたのか、その理由はわからない。しかし、この猫は間違いなく、家の一部になったような気がする。竈猫がいることで、この家に温もりが戻ったような気がした。

「もしかしたら、月はただの猫じゃないのかもしれないね。」千代は思わず呟いた。月は動かず、ただ竈の前で寝ているだけだが、その姿が千代にとっては、すべての答えを示しているように感じられた。

その夜、千代は久しぶりに深い眠りに落ちた。竈の火がゆっくりと燃え、月はその前で静かに眠っていた。外の雪は一向に収まる気配がなく、世界は白い静寂に包まれていた。しかし、家の中は温かく、穏やかな時間が流れていた。

そしてその日から、月はますます竈の前にいることが多くなり、千代はその存在をさらに大切に思うようになった。町の人々が語るように、月は竈猫だったのかもしれない。しかし、それ以上に、月は家に幸せをもたらす不思議な存在であり、千代の心を温かく照らす存在となったのだった。







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