春秋花壇

針供養

針供養

冬の寒さが肌を刺す頃、町外れの小さな寺院に、年に一度の「針供養」の日がやってきた。空には薄曇りが広がり、冬の訪れを告げるように、静かな雪が降り始めた。その日の寺院は、普段の静けさとは違って、どこか温かい空気に包まれていた。多くの人々が、家から古びた針を持参し、供養を捧げるために集まったのだ。

寺院の前には、長い行列ができていた。大きな灯籠の灯が揺れ、参拝客の顔を優しく照らしている。町の人々は、今年もまた無事に過ごせたことを感謝し、心を込めて針を供養する。この風習は、針に感謝し、また針を使って仕事をする人々に福を授けるという意味が込められていた。

「今日は、お針仕事をしている人たちにとって、大切な日ね。」

寺院の境内に足を踏み入れると、見覚えのある老婦人が声をかけてきた。彼女は町で評判の縫製屋を営んでいる、竹内おばあさんだった。彼女は、まるで子供のように嬉しそうに笑っていた。

「はい、針供養の日ですね。毎年、楽しみにしています。」

私はおばあさんの顔を見て、思わず微笑んだ。彼女の手は年季が入っており、長年にわたって多くの布を縫い合わせてきたことが一目でわかる。おばあさんは、今も縫い物をしているものの、その手に持つ針はすでにかなり使い込まれている。

「おや、まだ針を持ってきたのかい？」おばあさんは私に尋ねた。

「はい、今年も古くなった針を持ってきました。」私は、手のひらに握った針を見せながら答えた。「おばあさんの針、どんなふうに供養しているのですか？」

おばあさんは一度目を閉じ、しばらく考え込むようにしてから、静かに話し始めた。

「針というものはね、ただの道具ではないんだよ。お針仕事をする者にとっては、それは命をつなぐ道具、生活を支える道具だからね。」おばあさんは、古びた針を手のひらに載せ、じっと見つめた。

「でも、針も傷つくことがある。糸が絡まったり、布を傷つけてしまうこともある。それでも、使い続けることで、命をつないでいくんだ。」おばあさんは続けた。

「だから、針供養というのは、ただ古い針を捨てるためではなく、針に感謝し、心からのお礼をするための日なんだ。針を使って生きていく者として、供養することで、また新たに力をもらえる気がする。」

おばあさんの言葉は、心に深く響いた。針という小さな道具が、私たちの暮らしの中でどれほど大切な役割を果たしているのか。私自身、縫い物が得意ではなかったが、その存在を軽視していたことに気づかされていた。

私たちは、次第に供養の場所へと歩みを進めた。境内の中央には、小さな供養台が設置されており、そこには古びた針が次々に供えられている。針は、赤い布で包まれており、たくさんの人々が手を合わせていた。供養のために灯されたろうそくの灯が、温かく揺れている。

「ここに針を納めるんですか？」

「そうだよ。感謝の気持ちを込めて、針を台に置いて祈るんだ。」おばあさんはうなずきながら、私に針を渡した。

私は、心を込めてその針を供養台に置いた。目を閉じて、思いを馳せる。今までの仕事、日々の生活の中で何気なく使ってきた針に、ありがとうと伝えた。

針供養が終わると、おばあさんは再び静かに言った。

「毎年、この日が来るとね、無事に過ごしてきたことを改めて感じるんだ。針だけではなく、日々の仕事や生活に感謝する気持ちを思い出すんだよ。」おばあさんは、私に微笑んだ。

「私も、これからもっと感謝の気持ちを持って過ごさなきゃと思います。」私は、心の中で誓った。

その日の夕方、雪は少し強く降り始め、寺院の境内に足を踏み入れる人々の姿がだんだん少なくなっていった。しかし、私の心の中には、温かい感謝の気持ちが深く刻まれていた。針供養を通して、私たちは道具に対する感謝だけでなく、日々の暮らしに対する思いを新たにし、それを大切にして生きていこうとする力を与えられたのだ。

雪が降る静かな寺院で、私はこれからの年を、もっと大切に過ごしていこうと心に誓いながら、ゆっくりと帰路についた。