春秋花壇

銀花

「銀花」

冬の夜空に雪が舞う。銀色に輝くその光景は、まるで花が空から降り注いでいるかのようだった。田舎の小さな村で育った深雪（みゆき）は、この「銀花」と呼ばれる現象が幼い頃から大好きだった。

「雪はただの寒さの象徴じゃないよ。夜に降る雪は、神様が贈る祝福なんだ。」

祖母の言葉が、深雪の心に今も残っている。幼い頃、祖母と一緒に雪を見上げたあの記憶は、冷たいはずの冬の夜を温かくしてくれる特別な思い出だった。

ある冬の晩、深雪は仕事を終えた帰り道で立ち止まった。都会に出てから早十年、帰郷することも少なくなっていたが、今年は久しぶりに長い休みが取れ、村へ帰ってきた。

足元に広がる銀世界。白い雪が静かに積もり、辺り一面を包んでいる。空を見上げると、月の光を受けた雪がきらきらと輝いていた。

「やっぱり、この景色は特別だな…」

懐かしさとともに、深雪は村で過ごした日々を思い出した。都会での忙しい生活の中で忘れかけていた心の余裕が、少しずつ戻ってくるような気がした。

その夜、深雪は祖母の家で夕食をとった後、一人で外に出た。村外れの森の中にある小さな祠を訪れるためだ。

「銀花の夜に祠を訪れると、願いが叶う。」

幼い頃、そう聞かされて育った。実際にどれだけの願いが叶ったかは知らないが、深雪にとってその場所は心の拠り所だった。

祠へ向かう小道は、銀色の雪に覆われている。雪を踏むたびに、ぎゅっと音が鳴る。その音に耳を傾けながら、深雪は歩き続けた。

祠にたどり着くと、辺りは静寂に包まれていた。木々の隙間からこぼれる月明かりが、祠を柔らかく照らしている。

「久しぶりだね。」

深雪はそうつぶやきながら、祠にそっと手を合わせた。

「どうか…これからも、みんなが元気でありますように。」

都会の生活は充実している。しかし、その分、家族や自分自身を顧みる余裕を失っていた。祠の前で手を合わせると、不思議と心が軽くなる。

帰り道、深雪は足を止めた。

「…誰かいるの？」

雪の上に、誰かの足跡が続いている。村では珍しく、祠を訪れる人は少ないはずだ。

「こんな夜に…？」

足跡を辿ると、少し先の木陰に一人の男性が立っていた。

「こんばんは。あなたも祠に来られたんですか？」

声をかけると、男性は振り向き、少し驚いた表情を見せた。

「ええ、そうです。昔から、この場所が好きで。」

彼は村の出身者で、深雪より少し年上の笹山悠（ささやま・ゆう）だという。

「銀花の夜にここへ来るのは、特別な気持ちになりますよね。」

悠の言葉に、深雪は小さく頷いた。

「そうですね。この景色を見ると、心が洗われる気がします。」

その後、二人は並んで歩きながら、互いの近況を語り合った。悠は都会で仕事をしていたが、数年前に退職し、この村に戻ってきたのだという。

「都会の生活もいいけど、ここにはここにしかないものがある。そう思って帰ってきました。」

「私も、久しぶりに戻ってきてそう感じました。ここで見る銀花は、やっぱり特別ですね。」

雪の中、二人の声だけが静寂を破る。その時間は、深雪にとって不思議と心地よかった。

別れ際、悠が言った。

「また銀花が降る夜に、ここで会いましょう。」

その言葉に、深雪は胸が少し温かくなるのを感じた。

「ええ、きっと。」

再び雪が舞い始める。銀花が静かに降り注ぐ夜、深雪の心にも、新たな温もりが芽生えていた。