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冬の朝、小鳥来る
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冬の朝、小鳥来る
12月、ロシアの寒空の下、雪に覆われた公爵家の屋敷は一面真っ白な静寂に包まれていた。大きな凍った池の周りを取り囲む木々は、冬の冷気に耐えながら、その枝先に雪を宿している。
公爵令嬢エカテリーナは、大広間の窓際に座って外を見つめていた。彼女の足元には、毛糸玉と編みかけの冬帽子が転がっている。編み物は彼女の趣味だが、今日はなぜか手が進まない。
「エカテリーナ様、お茶の用意ができました。」
侍女のアンナが控えめな声で声をかける。だがエカテリーナは微笑んで首を振った。
「ありがとう。でも、もう少しここで外を眺めていたいの。」
エカテリーナが見つめているのは、小鳥たちが舞う庭だった。特に、今年初めて現れた赤い胸の小鳥ルビーロビンが目を引いている。その小鳥はどこか誇らしげで、寒さをものともせず、木の枝から枝へと飛び回っていた。
その時、庭に人影が現れた。黒いコートを着た男性が足元の雪を踏みしめながら進んでいる。彼女の幼馴染であり、隣の伯爵家の御曹司、アレクセイだった。
アレクセイは彼女に気づくと、凍った息を吐きながら軽く手を振った。エカテリーナは頬を赤らめ、そっと窓を開けた。冷たい空気が彼女の頬を刺すが、その寒さよりも、彼の存在が心を温めてくれるような気がした。
「おはよう、アレクセイ。こんな寒い日に庭を歩くなんて、何をしているの?」
「君に届け物があったんだ。」
彼はポケットから小さな包みを取り出した。それは、冬苺のジャムが詰められた瓶だった。
「これ、僕の家の庭で採れた冬苺だよ。エカテリーナが好きだと思って。」
「まあ、ありがとう!」
彼女の目が輝き、アレクセイは思わず微笑んだ。その笑顔は、ルビーロビンの鮮やかな赤にも勝る温かさを感じさせる。
エカテリーナは瓶を抱えながら、彼を部屋へ招き入れた。
「さあ、中に入って。寒さで凍えてしまうわ。」
暖炉のそばに座る二人。彼女は彼に自分の編みかけの冬帽子を見せた。
「これ、どう思う? まだまだ不器用だけど。」
「素敵だよ。君らしい優しさが滲み出ている。」
その言葉に、エカテリーナの頬はさらに赤くなった。
「でも、僕には君の手作りのものより欲しいものがある。」
アレクセイの低い声に、エカテリーナは目を丸くする。
「欲しいもの?」
「そうだ。君と、もっと多くの冬の朝をこうして過ごす時間だ。」
彼の言葉は静かに、けれど確かに彼女の胸に響いた。小鳥たちが外でさえずる中、二人の間には新たな温かさが生まれた。
その朝、エカテリーナは確信した。凍てつくロシアの冬にも負けない、心からの温もりがあると。
冬の朝、小鳥来る
12月のロシア、冷え切った大地を覆う雪の中に、古びたが威厳ある公爵家の屋敷が静かに佇んでいた。冷たい風が木々の間を吹き抜け、凩(こがらし)の音が時折耳に届く。空は鉛色で、どこまでも重たく広がっている。
公爵令嬢エカテリーナは、自室の窓際に腰掛け、庭を眺めていた。
「今日も来てくれるかしら…」
彼女が心待ちにしているのは、庭に訪れる小鳥たちだった。冬木の枝にとまり、雪の中を忙しなく飛び回る姿が、彼女にとっては唯一の癒しだった。その中でも特に彼女の心を奪ったのは、真っ赤な胸をした小鳥ルビーロビンだ。
ルビーロビンは、ある日の朝、彼女の前に突然現れた。それは、いつもの静かな冬の朝を一変させる鮮やかな訪問者だった。エカテリーナはその愛らしい姿に心を惹かれ、以来、毎朝窓辺で待つのが日課になっていた。
その日の朝も、彼女は雪の積もる庭を見つめていた。白い息を吐きながら窓を開けると、冷たい空気が彼女の頬を撫でた。そして、庭に一人の男性が現れる。
「アレクセイ!」
彼女の幼馴染であり、隣町の伯爵家の次男であるアレクセイが、庭の小道を歩いてくる。黒いコートを着込んだ彼の肩に、小さなルビーロビンがとまっていた。
「君が待っているのはこの子かい?」
彼は笑いながら、小鳥をそっと手のひらに乗せて見せた。
「どうしてアレクセイのところに?」
エカテリーナが驚きながら訊ねると、彼は肩をすくめて答えた。
「きっと僕に、君のところに連れて行ってほしいと言ったんだ。」
彼の軽口に、エカテリーナは思わず微笑む。
アレクセイは小鳥を優しく木の枝に戻すと、エカテリーナに向き直った。
「実は、渡したいものがあって。」
彼はポケットから、淡いブルーの毛糸で編まれた手袋を取り出した。
「これを見て、君を思い出したんだ。君はいつも寒さを我慢しているから、せめて手だけでも暖かくしてほしい。」
その手袋を受け取ったエカテリーナの目に、涙が浮かぶ。彼女は静かに手袋をはめ、じっとその感触を確かめた。
「ありがとう、アレクセイ。」
彼女の声は震えていたが、それが寒さのせいではないことをアレクセイは知っていた。
「これからも、君が窓辺で待つ理由になりたい。冬が来るたび、君と一緒に小鳥を眺められたら、それだけで十分だ。」
彼の言葉に、エカテリーナの心は温かさで満たされた。彼女はそっと手袋の中の手を彼の手に重ね、微笑んだ。
「これからも、毎朝待っているわ。」
雪の降り積もる庭には、小鳥たちのさえずりが響き、二人の心をつなぐ静かな旋律を奏でていた。冬の朝、凩を越えて訪れた愛が、二人を包み込んでいた。
12月、ロシアの寒空の下、雪に覆われた公爵家の屋敷は一面真っ白な静寂に包まれていた。大きな凍った池の周りを取り囲む木々は、冬の冷気に耐えながら、その枝先に雪を宿している。
公爵令嬢エカテリーナは、大広間の窓際に座って外を見つめていた。彼女の足元には、毛糸玉と編みかけの冬帽子が転がっている。編み物は彼女の趣味だが、今日はなぜか手が進まない。
「エカテリーナ様、お茶の用意ができました。」
侍女のアンナが控えめな声で声をかける。だがエカテリーナは微笑んで首を振った。
「ありがとう。でも、もう少しここで外を眺めていたいの。」
エカテリーナが見つめているのは、小鳥たちが舞う庭だった。特に、今年初めて現れた赤い胸の小鳥ルビーロビンが目を引いている。その小鳥はどこか誇らしげで、寒さをものともせず、木の枝から枝へと飛び回っていた。
その時、庭に人影が現れた。黒いコートを着た男性が足元の雪を踏みしめながら進んでいる。彼女の幼馴染であり、隣の伯爵家の御曹司、アレクセイだった。
アレクセイは彼女に気づくと、凍った息を吐きながら軽く手を振った。エカテリーナは頬を赤らめ、そっと窓を開けた。冷たい空気が彼女の頬を刺すが、その寒さよりも、彼の存在が心を温めてくれるような気がした。
「おはよう、アレクセイ。こんな寒い日に庭を歩くなんて、何をしているの?」
「君に届け物があったんだ。」
彼はポケットから小さな包みを取り出した。それは、冬苺のジャムが詰められた瓶だった。
「これ、僕の家の庭で採れた冬苺だよ。エカテリーナが好きだと思って。」
「まあ、ありがとう!」
彼女の目が輝き、アレクセイは思わず微笑んだ。その笑顔は、ルビーロビンの鮮やかな赤にも勝る温かさを感じさせる。
エカテリーナは瓶を抱えながら、彼を部屋へ招き入れた。
「さあ、中に入って。寒さで凍えてしまうわ。」
暖炉のそばに座る二人。彼女は彼に自分の編みかけの冬帽子を見せた。
「これ、どう思う? まだまだ不器用だけど。」
「素敵だよ。君らしい優しさが滲み出ている。」
その言葉に、エカテリーナの頬はさらに赤くなった。
「でも、僕には君の手作りのものより欲しいものがある。」
アレクセイの低い声に、エカテリーナは目を丸くする。
「欲しいもの?」
「そうだ。君と、もっと多くの冬の朝をこうして過ごす時間だ。」
彼の言葉は静かに、けれど確かに彼女の胸に響いた。小鳥たちが外でさえずる中、二人の間には新たな温かさが生まれた。
その朝、エカテリーナは確信した。凍てつくロシアの冬にも負けない、心からの温もりがあると。
冬の朝、小鳥来る
12月のロシア、冷え切った大地を覆う雪の中に、古びたが威厳ある公爵家の屋敷が静かに佇んでいた。冷たい風が木々の間を吹き抜け、凩(こがらし)の音が時折耳に届く。空は鉛色で、どこまでも重たく広がっている。
公爵令嬢エカテリーナは、自室の窓際に腰掛け、庭を眺めていた。
「今日も来てくれるかしら…」
彼女が心待ちにしているのは、庭に訪れる小鳥たちだった。冬木の枝にとまり、雪の中を忙しなく飛び回る姿が、彼女にとっては唯一の癒しだった。その中でも特に彼女の心を奪ったのは、真っ赤な胸をした小鳥ルビーロビンだ。
ルビーロビンは、ある日の朝、彼女の前に突然現れた。それは、いつもの静かな冬の朝を一変させる鮮やかな訪問者だった。エカテリーナはその愛らしい姿に心を惹かれ、以来、毎朝窓辺で待つのが日課になっていた。
その日の朝も、彼女は雪の積もる庭を見つめていた。白い息を吐きながら窓を開けると、冷たい空気が彼女の頬を撫でた。そして、庭に一人の男性が現れる。
「アレクセイ!」
彼女の幼馴染であり、隣町の伯爵家の次男であるアレクセイが、庭の小道を歩いてくる。黒いコートを着込んだ彼の肩に、小さなルビーロビンがとまっていた。
「君が待っているのはこの子かい?」
彼は笑いながら、小鳥をそっと手のひらに乗せて見せた。
「どうしてアレクセイのところに?」
エカテリーナが驚きながら訊ねると、彼は肩をすくめて答えた。
「きっと僕に、君のところに連れて行ってほしいと言ったんだ。」
彼の軽口に、エカテリーナは思わず微笑む。
アレクセイは小鳥を優しく木の枝に戻すと、エカテリーナに向き直った。
「実は、渡したいものがあって。」
彼はポケットから、淡いブルーの毛糸で編まれた手袋を取り出した。
「これを見て、君を思い出したんだ。君はいつも寒さを我慢しているから、せめて手だけでも暖かくしてほしい。」
その手袋を受け取ったエカテリーナの目に、涙が浮かぶ。彼女は静かに手袋をはめ、じっとその感触を確かめた。
「ありがとう、アレクセイ。」
彼女の声は震えていたが、それが寒さのせいではないことをアレクセイは知っていた。
「これからも、君が窓辺で待つ理由になりたい。冬が来るたび、君と一緒に小鳥を眺められたら、それだけで十分だ。」
彼の言葉に、エカテリーナの心は温かさで満たされた。彼女はそっと手袋の中の手を彼の手に重ね、微笑んだ。
「これからも、毎朝待っているわ。」
雪の降り積もる庭には、小鳥たちのさえずりが響き、二人の心をつなぐ静かな旋律を奏でていた。冬の朝、凩を越えて訪れた愛が、二人を包み込んでいた。
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