春秋花壇

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空っ風

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空っ風

冬の始まりの空っ風が、町を吹き抜けていた。枯れた木々の枝が揺れ、乾いた葉が舞い散る。公園のベンチに座って、ただ空を見上げる。その冷たい風が、僕の頬を刺すようだった。

「寒いね。」

隣から声が聞こえた。振り返ると、そこには彼女、莉子(りこ)がいた。久しぶりに顔を合わせたのに、何も変わらないようでいて、どこか懐かしい気持ちが込み上げてくる。莉子は笑って、僕を見つめた。その瞳の奥には、遠くを見つめるような深い静けさがあった。

「うん、寒いけど、悪くないよ。」

僕は少しだけ微笑んで答えた。昔、よく二人でこの公園に来ては、こんな風に話していた。季節が巡り、時間が流れても、二人の関係は不思議とそのままでいる気がした。

でも、実際は――。

「久しぶりだね。」

莉子が静かに言うと、僕の胸が少しだけ痛んだ。それでも、僕は頷いた。

「うん、ほんとに。」

あの時、僕たちは別れた。言葉では説明できない、ただお互いにどこか距離を感じていた。言いたくても言えないことが積み重なり、ついに歩き出す方向が違うことを感じてしまった。それが、あの別れの理由だった。

それでも、今日、またこうして会うことになったのは偶然なのか、それとも運命なのか――。

「元気だった?」

莉子が言葉を続ける。彼女の声は、昔と変わらず柔らかくて、でもどこか寂しげだった。僕は一度息を吐いてから、ゆっくりと答えた。

「うん、元気だよ。でも、なんか――」

「なんか?」

「いや、特に。あ、仕事は忙しいけど。」

僕は自分の言葉が途中で止まったことに気づき、焦った。でも、正直に言うと、どうしても言葉にならない部分があった。莉子との再会をどう捉えるべきなのか、心の中で揺れていた。

「仕事か。」

莉子は少しだけ苦笑いをした。それが何かを意味しているように感じた。

「私はね、少しだけ変わったかな。」

「変わった?」

「うん。実家の手伝いをして、少しだけ自分を見つめ直したりして。」

彼女の言葉には、何か覚悟のようなものが感じられた。僕は何も言えずに黙って聞いていた。彼女が僕と別れた理由も、きっとこの変化の中にあったんだろう。自分の道を見つけるために、彼女は僕から離れていったのだと思う。

その時、空からひらひらと枯れ葉が舞い落ちてきた。莉子はその葉を手で受け止めるようにして、軽く微笑んだ。

「懐かしいね。」

「うん、あの頃もよくこうしてたよね。」

僕たちは昔のことを思い出しながら、しばらく黙って過ごした。空っ風がまた吹いてきて、枯れ葉が踊り上がる。二人の間に流れる時間は、まるで風のように軽く、でも深く心に刻まれていくようだった。

「莉子、あの頃、君が言ったこと覚えてる?」

僕がふと尋ねると、莉子は少し驚いたように僕を見た。

「何?」

「君が、僕に言った言葉。『これからの人生は、自分のために生きることにする』って。」

莉子は目を見開き、少しだけ顔を赤らめた。彼女はその言葉を覚えていたのだろうか。それとも、もう忘れてしまったのだろうか。

「覚えてる。」

「君が決めたことだから、僕もそれを尊重するよ。でも、僕は君に伝えたいことがある。」

「何?」

「君がどんなに変わっても、僕は君を大切に思ってる。」

その言葉を言った瞬間、空っ風が少し強く吹きつけた。僕の髪がなびき、莉子の顔に触れる風が少し冷たかった。それでも、僕はその言葉を伝えたかった。

莉子は少しだけ黙った後、静かに頷いた。

「ありがとう。でも、私はもう過去に戻ることはできないよ。」

その言葉には、強い決意が込められていた。彼女の目がそう言っているように感じられた。僕はその言葉を受け入れ、ただ静かに黙って彼女を見つめた。

「でも、今日はありがとう。」

「ううん、ありがとうは僕の方だよ。」

僕たちはしばらくその場に座ったまま、言葉を交わさずに時間を過ごした。空っ風が吹き、枯れ葉が舞い散る中で、僕たちはただお互いにいることができた。それが、何よりも大切なことだと感じた。

その後、莉子はゆっくりと立ち上がり、軽く僕に微笑んで言った。

「じゃあ、またね。」

「うん。」

それから、彼女は歩き出した。僕はその背中を見送りながら、何も言わずにただ立ち尽くしていた。空っ風が吹き、枯れ葉が舞う中で、彼女の姿が遠くに消えていく。

でも、心の中で確かに感じていた。彼女が戻ることはなくても、僕の心にはいつまでも彼女の温かさが残ることを。

それが、空っ風が運んできた、僕と莉子の物語だった。







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