春秋花壇

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風花

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「風花」

冬の午後、山間の小さな村は静まり返っていた。薄曇りの空から、ふいに細かな雪が舞い落ちてきた。風花だ。雪と呼ぶにはあまりに儚く、空気の中で消えてしまいそうなほど小さな花びらが風に乗り、陽の光を反射して輝いていた。

佳奈(かな)は、縁側に座ってその様子を眺めていた。手には熱い番茶を湯呑みに注ぎ、膝には編みかけのセーターが乗っている。編み物をするのが好きで、この冬も何枚かのセーターを仕上げた。その中には、息子・直人(なおと)に送る予定のものもある。

直人が都会の大学へ進学してから、村に帰ってくることはほとんどなくなった。電話越しの声も忙しそうで、大学生活が充実しているのだろうと安心する反面、どこか寂しさも感じていた。

縁側から見える畑は、冬のために土を休ませている。そこに植えた麦の芽がひっそりと頭を出していた。佳奈は少し立ち上がり、外に出ることにした。冷たい風が頬を撫で、風花が一層舞い散っているのが分かる。

「寒いわね。」

独り言を呟きながら、佳奈は庭を一巡りする。雪のように舞う風花に手を伸ばすと、花びらはすぐに溶けてしまった。それを見て、佳奈はふと若い頃のことを思い出した。

佳奈が20代の頃、この村に初めて来たのは夫・明人(あきと)との結婚が決まってからだった。都会育ちの彼女にとって、村の静けさや厳しい冬は未知の世界だった。しかし、明人はそんな彼女を優しく励まし、村での生活に馴染むよう手を差し伸べてくれた。

ある冬の日、風花が舞う中で二人は手を繋ぎながら雪道を歩いた。明人が佳奈の手を強く握り、「この風花みたいに、どんなに小さくても綺麗な瞬間を見つけて暮らしていこう」と言った言葉が今も心に残っている。

明人は数年前に亡くなったが、その記憶が佳奈の心を支えていた。

家に戻ると、郵便物が届いていた。珍しく直人からの手紙だ。封筒を開けると、中には写真が1枚入っていた。雪の降る都会の公園で、直人が友人たちと笑顔で写っている。その後ろには、見たことのない女性が立っている。

手紙には短いメッセージが書かれていた。

「母さん、春休みに彼女を連れて帰るよ。雪の降る村を見せたいんだ。」

佳奈は写真を見つめながら微笑んだ。

「雪の村、ね。」

彼女はそれ以上何も言わず、写真を大事に仕舞った。

その夜、佳奈はストーブの前で再びセーターを編み始めた。編み物をする手が自然とリズムを刻む。外では、また風花が舞い始めていた。

ふと佳奈は、風花を「花」と表現するのはなぜなのかと考えた。その儚さ、美しさ、そして一瞬で消えてしまう無常さが、まるで人生そのもののようだと思った。

「この村で、直人と彼女に何を見せてあげようか。」

そう呟いた佳奈の心に、小さな期待と温かさが広がっていった。

春が訪れるまで、まだしばらく時間がある。しかし風花が舞うこの季節の中で、佳奈の心にも新しい風が吹き始めていた。







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