春秋花壇

春秋花壇

文字の大きさ
上 下
628 / 693

小雪

しおりを挟む
「小雪」

11月下旬、小雪の季節がやってきた。秋の名残を感じさせる枯れ葉が地面に散らばり、木々の間を冷たい風が通り抜けていく。この時期になると、里山の小さな村もひっそりと冬支度を始める。

遥(はるか)は、この村でひとり暮らしをしていた。祖父母から受け継いだ古い家屋は、柱がきしむ音さえ愛おしい。仕事で都会に疲れ、数年前にここに移り住んでから、季節の移り変わりを間近に感じる日々が続いていた。

朝、白い息を吐きながら縁側に座ると、山の向こうに薄い霞が広がっていた。冬の入り口を告げるこの景色を見ながら、遥は湯飲みに口をつけた。お気に入りの急須から淹れた熱い緑茶が、体の芯まで染み渡る。

「今年の雪は、どれくらい降るのかしら。」

ふと呟くと、風に乗って枯れ葉が舞い上がった。この村では小雪の頃になると、まだ本格的な雪には至らないが、時折ちらつく雪が山肌を薄く覆うことがある。その儚い美しさに、遥は毎年心を奪われるのだった。

午後、遥は村の集会所へ向かった。今日は冬越しの準備をする日だった。古くからの慣習で、村人たちは薪割りや保存食作りを共同で行う。これが終わると、いよいよ冬が来るという実感が湧いてくるのだ。

集会所に着くと、すでに何人かが薪割りを始めていた。斧を振り下ろす音が、静寂な山の中に響く。その中に混じって、年配の女性たちが漬物樽を囲み、白菜を切る音も聞こえてきた。

「遥ちゃん、今年も来てくれてありがとね。」

声をかけてきたのは、村の世話役の美代さんだ。彼女は遥の都会暮らしの話をいつも興味深そうに聞きたがる。

「こちらこそ、手伝わせてもらえるのが嬉しいです。」

遥は微笑みながら、美代さんの隣に腰を下ろした。そして一緒に白菜を塩で揉み始めた。冷たい野菜に触れる手が少し痛かったが、この作業が終わった後にみんなで囲む食事の時間が楽しみだった。

夜、家に帰ると外は一段と冷え込んでいた。星空が広がり、空気が凛と澄んでいる。台所で灯油ストーブをつけると、やがて部屋が暖まり、柔らかな灯りが広がった。

遥は棚から古いアルバムを取り出した。子供の頃、この村に遊びに来た時の写真がぎっしり詰まっている。祖父母に連れられて初めて見た雪、そして雪遊びに夢中になった自分の姿。

「あの頃と、今は何も変わらないのかもしれない。」

遥はそう思いながら、写真を1枚1枚めくった。この村で過ごす日々は、過去と現在をつなぐ大切な時間だと感じた。

その夜、ふと目が覚めた。外から聞こえる微かな音に耳を澄ませる。しんしんと降り続ける音、それは雪だった。遥はそっと窓を開け、外を覗いた。

村は薄く雪化粧をしていた。灯りのない静かな夜の中で、雪は銀色の輝きをまとって地面に積もっていく。

「今年の冬も、きっと美しい日々が待っている。」

遥はそう思いながら、再び布団に潜り込んだ。小雪の季節は、冬の訪れを告げるだけでなく、新しい始まりをそっと教えてくれるような気がした。

やがて夢の中で、雪が舞う山里の風景が広がっていく。遥はその中で、静かに歩き続けていた。







しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

注意欠陥多動性障害(ADHD)の日常

春秋花壇
現代文学
注意欠陥多動性障害(ADHD)の日常

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

生きる

春秋花壇
現代文学
生きる

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

「俺は小説家になる」と申しております

春秋花壇
現代文学
俺は小説家になる 語彙を増やす 体は食べた・飲んだもので作られる。 心は聞いた言葉・読んだ言葉で作られる。 未来は話した言葉・書いた言葉で作られる。

落ち込んでいたら綺麗なお姉さんにナンパされてお持ち帰りされた話

水無瀬雨音
恋愛
実家の花屋で働く璃子。落ち込んでいたら綺麗なお姉さんに花束をプレゼントされ……? 恋の始まりの話。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...